あれからまた一週間。俺はスタジオの入口で深呼吸をしていた。
手には先週と同じバッグ。中身はもちろん、女性用のスポブラとレギンス。それを身につけることが、段々と当たり前になってしまう自分が怖い。
更衣室で着替え、鏡に映る自分を見つめる。コーラルピンクのスポブラに、淡いグレーのレギンス。上からは今日はTシャツを着ない。どうせ脱がされるのが分かっていたから……。
今週はどんな“レッスン”があるのだろう。胸の奥で、期待と不安がせめぎ合う。
◆
スタジオに入ると、いつもの柔らかなアロマの香り。マットの上で生徒たちが笑い合っている。
JURIAが俺に気づいて、にっこりと手を振った。
「こんにちは。先日はお疲れ様でした」
「……え……あ、はい」
あんな事があったのに、JURIAはあっけらかんとしている。
「今日は特別レッスン。ペアヨガをやりますよ」
ペアヨガ。耳慣れない単語に胸がざわつく。
周囲を見渡すと、生徒たちも二人ずつ並んでマットに座り始めていた。
俺は誰と組めばいいのか……。
「え~っと、そうですね。彼女と組みましょうか」
JURIAが視線を送った先には、金髪が美しい水島さん。どこだったか忘れたが、ハーフらしい。みんなからはリリーと呼ばれている。年齢は確か32歳だったかな。俺より4つ年上だ。
彼女はぱっと笑顔を見せて、手を振ってきた。
「よろしくね」
「よ、よろしくお願いします、水島さん」
「リリーでいいよ」
「あっ…リリーさん…」
◆
最初は心を落ち着かせるための準備運動。背中合わせで座り、呼吸を合わせる。
彼女の背中が俺の背中に触れる。薄い布越しに伝わる温度に、思わず心臓が騒ぐ。
「息を吸って……吐いて……。相手の呼吸を感じながら」
JURIAの声が空気に溶ける。
背中の鼓動を感じながら深呼吸をする。
「……背中、あったかいね…」
リリーが小さく笑う。
その一言で、胸の奥が熱くなった。自分と向き合う為のヨガの意識が、背中に集中してしまう。
◆
続いてのポーズは、互いに向かい合って足裏を合わせる「ボートポーズ」。
マットの上に座り、足を伸ばして彼女と向かい合う。足裏を合わせ、手をつなぎ、少しずつ足を持ち上げる。
彼女の掌が“きゅっ”と俺の手を掴む。体幹が揺れて、股間に嫌でも力が集まる。
レギンス越しに浮かぶ膨らみ——彼女の視線がそこに落ちたのを、俺は見逃さなかった。
「リリーさん、だ、大丈夫ですか?バランス……」
彼女は何も言わず、笑顔で支えてくれる。でも、その目の揺れが俺の羞恥を煽る。
「もっと膝を伸ばして。背筋を意識して」
JURIAの声。俺の股関節に視線を落としながら、静かに指示を出してくる。
その「当たり前」のようなトーンに、余計に股間の存在が意識される。
ただ、今日はいつもより疲れているのだろうか、普段よりも股間が敏感に反応しない。
◆
そしてそのままお互いの足を合わせて開脚をする。脚が開かれ、レギンスの生地も引っ張られる。股の部分の生地も張り、先ほどのポーズよりも股間が大きく主張する。俺は恥ずかしさで腰を引こうとするが、彼女が小声で囁いた。
「大丈夫だよ。気にしないから」
その優しさが逆に胸を突き刺す。
“気にしない”ってことは、やっぱり見られてるんだ。
「でも……俺……恥ずかしくて……」
「大丈夫だよ。もうすぐ“それ”ともお別れだしね……」
「!?……えっ、お別れ?」
彼女が目を細めた。からかい半分の笑み。
「今日のレッスンが終わったら説明があるんじゃないかな?先生から……」
「っ……」
言葉が喉で詰まる。
「ヨガは心と体を整えるもの。女性らしくしなやかな美しい体は、美しい内面に宿りますよ」
JURIAの言葉がスタジオに響く。
◆
ポーズを重ねるごとに、俺と彼女の距離は縮まる。
腕を絡め、背中を預け、視線を合わせる。そのたびに「女の子同士」という言葉が頭に響く。
それでも俺の頭の中では“それとのお別れ”という言葉が巡っていた。
「やっぱり……かわいいよね」
彼女がふいに呟いた。
「えっ」
「仕草とか、声とか。ほんとに女の子みたい」
笑いながら言われるその言葉が、胸の奥にじんわりと広がる。恥ずかしい。でも、悪くない。むしろ嬉しい。
◆
レッスンの最後、全員で瞑想をする時間。
目を閉じ、呼吸を整える。隣で彼女の吐息が規則正しく響く。
その時、先週のレッスンで言われたJURIAの言葉を思い出した。
『もっともっと女の子にしてあげますからね』
そしてさっきのリリーの言葉。何か関係があるのだろうか……。
◆
レッスンが終わり、生徒たちが次々に帰っていく。
気づけばスタジオに残っていたのは、俺とJURIA、そしてさっきペアを組んだリリーだけだった。
「はい、レッスンお疲れ様です。こちらどうぞ」
JURIAが紙コップを差し出す。
「あっ、これって……」
「そう。先週お渡ししたものと同じものですよ」
先週、帰りがけにJURIAからプロテインの小袋を数本渡されていた。俺は言われるまま、それを毎朝の食事に置き換えていた。
俺はそのプロテインを飲み干した。バニラに近い甘さが舌に広がり、喉を通って胃に落ちる。
「先日お渡しした試供品のプロテインも飲んでくれました?」
「えっ……あ、はい。毎朝これに代えてからは体調が良くて、夜もぐっすり眠れるんです」
もともと不眠気味だった俺には非常に効果があったようだ。だがプロテインの本来の効果である“体作り”にはもう少し時間が掛かるのだろう。
その時、JURIAは意味ありげに笑った。
「実はね、そのプロテインはリリーさんが経営する会社の商品なんですよ」
「えっ!そうなんですか?」
目を細めながら俺たちの会話を聞いていたリリーに目をやった。
「ええ。健康食品を専門に扱う会社を立ち上げたの。このプロテインも自社で作ったサンプルなんだよ。これはまだ販売前だけど、テストを兼ねてジムで使ってもらっているの」
俺は「へえ、すごい」と感心したように頷く。
「それで……このプロテインには、どういう効果があるんですか?」
リリーの瞳が、まっすぐに俺を射抜く。
「それはね……女性ホルモンが大量に入っているの」
「……え?」
息が止まった。
「あなたが女の子になりたいって聞いていたし、JURIA先生からも相談を受けていたの。1週間、毎朝続けているのなら……そろそろ効果が表れるはずだけど」
JURIAが唇をゆるやかに吊り上げる。
「どうですか?使用前に体内の男性ホルモンを外に出さないといけないと伺ったので、先週にお手伝いをさせて頂きましたもんね」
俺は思わず、自分の股間に視線を落とした。
ここ数日感じていた違和感、そして先週の出来事が、脳裏に交互にフラッシュバックする。
体の奥で、何かが変わり始めているのだろうか——。
スタジオので焚くアロマの匂いが、急にきつく感じられた。
【5章へつづく…】
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