部屋に入った瞬間、若干のたばこ臭さが鼻につく。
シンプルなラブホテルの一室なのに、今の俺にとっては別の意味を帯びて見えてしまう。
「……入って」
彩音がドアを閉め、バッグをソファに置く。
俺と高橋は、互いに視線を合わせられず、所在なげに立ち尽くしていた。
ついさっきまではファミレスのボックス席で緊張していたのに、今はもっと狭く、逃げ場のない空間。心臓の音が大きすぎて、相手に聞かれそうだ。
「二人とも、そんなに固くならなくていいんだよ」
彩音は軽やかに笑って、ベッドに腰を下ろした。
その仕草だけで、まるでこの部屋の支配者みたいに見える。
「……あの、相川さん」
隣で高橋が小さな声を出した。ワンピースの裾をぎゅっと握りしめ、少し躊躇いがちな仕草。
「ん?」
「あの……“高橋”って呼ばれるの、やっぱりいやなの。よそよそしい感じがして……。わたしの名前は“尚紀(なおき)”っていうんだけど……今は“ナオ”って呼んでほしいな」
頬を染め、俯きながら言う。
その声音は確かに女の子のもので、俺の胸を強くざわつかせる。
「ナオ……」
試しに呼んでみると、彼女――いや、“ナオ”はぱっと表情を和らげ、微笑んだ。
「うん、それがいい。……もうわたし、男の頃の自分じゃないから」
その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられた。
ナオは完全に“女性になった自分”を受け入れている――。
俺はまだ認めきれないのに。
「……わかった。じゃあ、ナオ」
口にすると、ナオは少し恥ずかしそうに笑って頷いた。
「ありがとう、……“優斗くん”」
その笑みは、完全に女の子のものだった。
◆
「……ねぇ、優斗くん」
彩音がこちらを伺うように言った。
「せっかくだから……優斗くんも、“優ちゃん”って呼んでいい?あと、その見た目で“俺”って呼ぶのもやっぱりおかしいし……“私”に変えちゃおうよ」
「え……あ、あの……」
思わず後ろに下がりそうになる。自分の呼び方を変えるなんて、ちょっと抵抗がある。
でも視線を横にやると、ナオが微笑みながらこちらを見つめている。
「……ナオも、そうしてるんだよね」
俺も……いや、私も優として……女の子の自分を受け入れた方が自然なんじゃないか――そんな気持ちが、ふわりと湧き上がる。
「わかった、優……で、いいかな?私……」
ぎこちなく言葉を吐く。声が少し震えてしまう。
「うん、それでいいよ。可愛い……」
彩音がにっこり笑い、私の頭に軽く触れる。
「ほらね、自然でしょ?二人とも女の子なんだから、優ちゃんも変にこだわらなくていいんだよ……」
「……あ、うん……」
頷きながら、胸の奥にじんわりと熱が広がるのを感じる。
ナオの隣に並び、同じ女の子として呼ばれることで、少しずつ心も身体も落ち着いていく。
「優ちゃん……」
彩音が名前を呼ぶたびに、妙に甘い感覚が胸に残る。
「……はい……」
私も、自然と返事をする。
もう、“元男”の自分は遠い。今は優として、ナオや彩音と同じ時間を過ごす――そう実感していた。
◆
「せっかくだから、二人とも鏡の前に並んでみなよ」
ベッドに寝転びながら、彩音が楽しそうに言う。
「えっ……」
私は思わず声を詰まらせた。
しかしナオは小さく息を整えてから、真っ直ぐに鏡へ歩み寄っていく。
「……一緒に」
振り返り、私を手招きする。
拒めなかった。私もナオの隣に立つ。
全身を映す姿見に、二人並んだ姿が映った。
ワンピース姿のナオとショートパンツ姿の私。
肩の高さも、体つきも大きく変わらないのに、纏っている雰囲気はまるで違っていた。
「ほら、優ちゃん。もうわたしたち、“女の子同士”にしか見えないよ」
ナオは自分の髪を触りながら、恥ずかしそうに笑った。
胸の奥が強く脈打つ。
その笑みは、同性のそれじゃない。私を試すような、誘うような――。
「ほら、もっと近づいて」
彩音がベッドから声をかける。
まるで演出家のように。
私たちは少しずつ距離を縮めた。
ナオの手がそっと、私の指先に触れる。
その瞬間、電流が走ったみたいに背筋が震えた。
「……あったかい」
ナオが小さく呟く。
私も無意識に指を絡め返していた。
鏡越しに視線が絡み合う。
男同士だった頃には決して交わらなかったまなざし。
今は互いに、女の子の姿で――。
◆
「ねぇ、ナオ」
呼ぶと、ナオの肩がびくりと震えた。
「……ん」
震える声で返事が返ってくる。
気づけば私たちは、息が触れ合う距離にいた。
どちらからともなく、唇が重なった。
「二人とも可愛いよ……」
彩音の囁きが背後から響く。
私たちはすぐに顔を離すことができなかった。
ナオの吐息が頬にかかり、心臓が壊れそうなほど打ち続けている。
「わたし……男だった頃からずっと、誰かに女の子として見てもらいたかったの」
ナオの瞳が潤み、まっすぐに私を射抜いた。
「……私は……女の子の服に興味があったの。姉ちゃんの制服を着たり……でも本当は女の子になりたかったのかも……」
言葉がこぼれた瞬間、再び唇が重なり、今度は深く溶け合った。
指先から、胸の奥から、すべてが熱に飲み込まれていく。
彩音はスマホを取り出してカメラを向けていた。
「二人とも素敵……ほら、そのままもっと……」
挑発する声に煽られ、私たちは止まれなくなった。
鏡の中で絡み合う姿は、とても元男同士とは思えない。
ナオの吐息が、私の耳元で甘く震えた。
「優ちゃん……もっと、わたしを呼んで」
「ナオ……」
名前を呼ぶたびに、彼女は身を震わせる。
私たちは、もう男には戻れない……多分。
彩音の笑みが視界の端に映った。
その笑みは満足そうで、まだ何か企んでいるようにも見える。
けれど今の私には、もうどうでもよかった。
ただナオの体温と、甘い声と、女の子としての彼女の全てに溺れていくだけだった。
◆
ナオの唇が柔らかく、私の唇を捉える。
深く、重なり合うたび、女の子の身体がもたらす甘い痺れが全身を駆け巡る。
互いの息が混ざり、熱が一気に高まる。
「……優ちゃん……わたし……女の子の身体になってからは……毎日一人で……」
ナオの声が震えながら、私の耳元で響く。
私もナオの背中に腕を回す。
「私も……ナオと同じ。女の子の身体って本当に気持ち良くって……」
キスが激しくなり、舌が絡み合う。
ナオの手が私のショートパンツのボタンを外し、ショーツ越しに秘部に触れる。
その感触だけで、身体の芯が溶けそうになる。
「……あっ……ナオ、そこ……っ」
声が自然に漏れる。
さらに、ナオの指が優しく、でも大胆に私の胸を撫でる。
女の子同士の、激しい抱擁。
男だった頃の記憶が遠のき、今はただ、この熱に身を委ねる。
ナオが私の首筋に唇を寄せ、軽く吸う。
「優ちゃんの肌、柔らかくて……熱いよ」
その言葉が、私の欲望をさらに煽る。
私はナオの肩を押し倒すようにベッドへ導く。
二人が重なり合い、互いの身体を求め合う。
指先が互いの秘部を探り、甘い吐息が部屋に満ちる。
「……もっと、深く……ナオと一つになりたい」
私の言葉に、ナオの瞳が輝く。
激しい動きが続き、女体化の快楽が頂点へ向かう。
汗ばんだ肌が擦れ合い、息が荒くなる。
この瞬間、私たちは完全に女の子として、互いを認め合っている。
心と身体が溶け合うような、甘美な時間。
◆
ふと、背後からそっと伸びてきた指先が、私の腰をなぞる。
思いがけない温もりに、息が詰まった。
「ねえ、実はね、今日のこと……二人が自然に惹かれ合うんじゃないかって思ってたの」
耳に届いた彩音の声がとろけるように響く。
彼女が微笑むのが、声の揺らぎだけで伝わってくる。
「だからね、いいものを持ってきたんだ」
……いいもの?一体、何を。かすかな熱が全身を駆け抜けた。
【12章へつづく…】
——————