ショッピングモールの二階。
ガラス越しに見える店内は、可愛いを詰め込んだ宝箱みたいだった。
ピンク、ミント、クリーム。
ふわふわの照明と、花びらみたいな布たち。
――ここが、“女の子の下着屋さん”。
「さ、行こ」
凜が僕の袖を軽く引く。
その動きだけで、胸の奥がざわめく。
隣の真白はスマホをしまいながら笑った。
「男の子一人じゃ入れないよね〜。でも今日は女の子二人と一緒だから安心でしょ?」
「んっ……ま、まぁ……」
思わず小声になる。
通りかかった女の子二人がこちらをちらりと見て、思わずうつむく。
でも、凜はそんな僕の気持ちを察したのか、手をしっかり握っている。
「大丈夫だよ。ね?」
その一言で、足が勝手に動いた。
◆
店内は、やさしいアロマの匂いが漂っていた。
棚に並ぶのは、レースとリボン。
淡い光の下で、ショーツやブラがまるでアクセサリーみたいに輝いて見える。
“下着”というより、“可愛い”が並んでいる。
――どうして、こんなに心が躍るんだろう。
心のどこかで、これは“僕のものじゃない世界”だと知っている。
それでも、視線が自然と惹かれていく。
「……ふふっ、嬉しそうだね」
いつの間にか隣に来た真白が、口の端を上げて言う。
「そ、そんなこと……」
「顔、にやけてるよ?」
凜もくすっと笑った。
「やっぱ可愛いの好きなんだ。ほら、この水色のとか似合いそう」
からかわれてるのに、否定できない。
「じゃあ、サイズ測ってもらおっか」
凜の言葉に、心臓が跳ねる。
「さ、サイズ……?」
「大丈夫。ここ、優しい店員さんばっかだから」
そのまま凜は店員さんを呼んだ。
黒髪にウェーブがかかった、落ち着いた雰囲気の女性。
穏やかに微笑みながら、
「いらっしゃいませ。ご試着ですか?」
「はい。この子、心が女の子なんですけど、今まで下着を着けたことがなくて。採寸、してもらえますか?」
凜が自然にそう言った。
その声に、僕の胸がきゅっと縮む。
――心が女の子。
その言葉が、まるで肯定の印みたいに響いた。
店員さんは少しも驚かず、にっこりと微笑んだ。
「もちろんです。こちらへどうぞ」
◆
案内されたのは、フィッティング用の小さな部屋。
「じゃあ、測りますね。リラックスして」
店員さんがメジャーを手にする。
その仕草は、まるで美容師のように優雅だった。
「まず、トップバストから測ります」
メジャーが胸の上をなぞる。
服越しとはいえ、胸の形を意識してしまい、呼吸が浅くなる。
「息を吸って……止めてください。……はい、ありがとうございます」
短い沈黙。
指先が軽く当たるたびに、心臓が音を立てた。
「次はアンダーバストです」
今度は胸の下を通る。
ひんやりとしたメジャーの感触が肌を撫で、
“計られている”という事実が、奇妙にくすぐったい。
「……女性ホルモンは摂取されていますか?」
唐突な質問に思わず店員さんの顔を見た。
「えっ、いえ…特に……」
「そうですか。元々、お客様は体内のエストロゲンが多いのかもしれませんね。トップとアンダーの差が10cmありますので、しっかりAカップありますよ」
その一言に、顔が熱くなった。
“Aカップ”――その言葉を、男の僕に向けて言われるなんて。
恥ずかしいのに、なんだか嬉しくて、
息をするのを忘れそうになった。
「はい、終わりました。少しお待ちくださいね」
◆
カーテンの外に出ると、凜と真白が並んで待っていた。
二人とも、まるでファッションショーの結果を聞くみたいな顔をしている。
「どうだった?」
「……その、“Aカップ”って言われた」
そう答えたら、凜が嬉しそうに笑った。
「やっぱり。前から何だか膨らみがあるなって思ってたの。Aカップもあると思わなかったけど」
凜も頷いて、
「自覚してこ。啓斗くんは“女の子の才能”があるんだよ」
その時、店員さんがブラをいくつか持って戻ってきた。
「こちらが今のサイズに合うものです。どれも着け心地が柔らかくて、人気ですよ」
手にしたトレーの上には、淡いピンク、水色、黒色に赤色のブラ。
小さなリボンが、きらりと光っている。
「ほら、啓斗。どれが一番“きゅん”と来た?」
凜の言葉に、思わず息を呑んだ。
“きゅん”なんて言われても……。
けど、目が勝手に動いた。
ピンクと、水色。
ふわふわしたレースが、どちらも優しくて。
指先で触れたとき、心の中に小さな音がした。
「……これ、が……いいかも」
「可愛い系が好きって、やっぱ女の子だね」
真白が手を叩く。
「そ、そんなこと……ないよ……」
言いながらも、口元が緩んでいた。
それを見た凜が、ふっと笑う。
「じゃあ、それ買おっか。初めての啓斗の下着だし。私からのプレゼント」
“初めての自分の下着”――その言葉が、胸の奥に響いた。
◆
モールを出る。
ショッパーの中のピンクと水色が、歩くたびに擦れ合って音を立てる。
手に持つその軽さが、なんだか信じられなかった。
「ねぇ、啓斗」
凜が隣で囁いた。
「女の子って楽しいでしょ?」
「……え?」
「みんなで可愛い下着やお洋服を選んだり、おすすめのコスメの話をしたり……男だったらこの楽しみってわからないよね」
そう言って、凜は僕の手を握った。
その手の温かさに、
“女の子として扱われる”という現実が、優しく沁みていく。
気づいた瞬間、頬が熱くなった。
でも、嫌じゃなかった。
凜が笑う。
「大丈夫。次も一緒に行こう」
その声にうなずくと、
僕は小さく息を吸って、笑った。
――第9話へ続く。