最近1年経つのが早いなと思うようになりました。
気のせいでしょうか。
しかしそうとも言い切れないようです。
このグラフを見てほしいです。何のことはないただの反比例。
これを4→20、20→100まで、それぞれ切ったときの面積は大体同じにみえないでしょうか。
そう、実は計算してみると同じになるのです。
高校生なら習ったのですぐできるのではないでしょうか。5→20→80でも同じになるので、興味があればやってみましょう。
ここで、横実を年齢、縦軸を体感時間としてみてはどうでしょう。
こうすることで、体感時間は年齢に反比例した長さになることを表現しています。
人間の脳は、記憶しているものが少ないときは何もかもが新鮮に感じられ、長い時を過ごすことができます。一方、マリオやポケモンも全クリしてしまった、漫画ほとんど読んでしまった、旅先もいつも固定化されて慣れてしまっている。こんなときは、先の展開が読めてしまい、時間が経つのを早く感じることでしょう。
これをうまいこと式で表せていると思います。
つまり、20歳で人生半分終わりと言って良いのです。
だから時間を大切にしようと、教科書的なことを言ってしまえば楽なのですが、サボり癖を発動する私からはそんな偉そうなことは言えません。
そもそも教科書の模範解答のような対策は、穢れのない立派な人物、環境にも恵まれた理想的な状態を仮定しているので実行しようにもハードルが高いのです。
代わりに図々しく生きようという言葉を使うようにしました。
その方が後悔が少ないのです。
私がなぜ絵描きとなり、コミケにも出場できるようになったかといえば、この言葉があってこそだったと思います。
私がコミケに触れたのはC90からでした。受験があるにも関わらず、空気読まずに参加したのが初めてでした。
学校ではあるサークルに所属していたのですが、そこではコミケ出展という話が持ち上がり、サークルチケットが1枚だけ余ったのでした。部会で誰か欲しい人は居ませんかということになりました。40人ほどいたのですが、誰も手を挙げません。
そこで私に妙な閃きが……。
このチャンスを逃せば次はない。
俺は……神(受験勉強)を生贄に捧げる!!!
こうして私は西ホールに立っていました。
そしてあの作家さんを思い出しました。
デュエリスト●野の……そういえば東館に。
これが……同人活動……。
なんと後で身内がやってきてお前何受験サボってるんだよなどと後指指されることとなりましたが、後悔はありません。むしろ良かったと思っています。
あのとき、もう勉強は嫌になっていたのです。受かったとして、その先もそれを続けなくてはならない。
学生時代は勉強が神、社会人なら仕事が神、しかしド壺を回避する手段はあります。神を生贄に捧げるのです。
昔の自分よ、未来のビジョンにペンタブは登場したか!?
X (Twitter) やスペースでは愚痴を言い合うもの。
「うわー、シフト入っちゃったよー。冬コミ行けない」
「ホテルのキャンセル料も払わなくちゃならんし、生きる意味が……」
なんていうものを見ると、冒頭のグラフと相俟って命を無駄にしているように思えてしまいます。
なるほど、人生は一度きりだけども、若い人の時間は金で買えるのだな。
やはり雇い主は価値が
金 < 時間
ということを知っているのでしょう。いくら自分が老人でも、自分の人生に生きさせることができればいいわけです。
実際、知り合いでT社に入った人がいますが、
「金はめっちゃ貯まる! でも使う時間がないんだよな……」
と言っていました。若者の時間はそれだけ価値があるということを如実に表しています。だから、高い金を積んででも可能な限り長時間働かせたい。
ぜひとも自分のために、自分の時間を使ってほしい。
忖度するくらいなら、傲慢に行け!!!
そんなもの、宇宙の大きさに比べたらとるに足らんわ!!!
七尾に泊まろうとしていた当日に会議予定を入れられても、キャンセル料を払いたくないために強行突破した私から言わせてもらいます。
後悔は全くないと。