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Jin(鬼頭ジン)
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Sweet Clown Night

 ハロウィン。それは毎月訪れる一夜の不思議な祭典。かつては現世へ帰って来る魔物の影から逃れるために催されていたその文化は今でも十月の恒例行事として行われていた。  今年も鮮やかな装飾とともに人々がさまざまな仮装をし、街を練り歩いていた。 「ハロウィンとか、くっだらねえ……」  そんななか、そう悪態をつく少年がいた。  少年の名前は末井弘人。市内の高校に通っている彼は若干擦れていながらも悠々自適な毎日を送っていた。  彼はどうも昔から捻くれた性格らしく、クリスマスだとか、正月だとか、ハロウィンだとか、そういった普通の人なら夢中になるであろう祝い事に対して斜に構えた態度を取っていた。  どうも彼にとっては気に入らないらしく、行事に夢中になる親や兄に対して謎の嫌悪感を抱いていた。  そんなわけで、今年もハロウィンに夢中な家族や友達を尻目に、一人夜の街を歩いていた。 「ちっ。どいつもこいつもチャラチャラしやがって。ここは日本だぜ? いちいち外国のイベント真似してどうすんだっつーの」  煌びやかな装飾も怪物の仮装をしている人々も彼にとっては気分を害するノイズでしかなかった。それらを見ていると段々イライラしてきてたまらない。そんな気分を紛らわすべく街外れのカラオケへと足を運ぶ弘人。 「カラオケ・クラウン……ここだな」  弘人は一週間前駅を歩いていた時にカラオケの割引券を貰っていたのだった。その割引券が使えるカラオケボックスがこの『クラウン』という名の場所である。  看板の階段があり、どうやらクラウンはその階段を降りた地下にあるようだった。 「ふーん。なかなか雰囲気あんじゃん。地下だからクソみてーに眩しいイルミネーションもねーし、いいかもな!」  そう言うと弘人はハロウィンの喧騒から逃げるように地下への階段へと足を踏み入れた。  しかしそこは、彼を永遠に抜けられない魔の世界へと誘う地であることは――今の彼には想像もついていなかった。     ◆ 「いらっしゃいませ。一枚様ですね」 「はい」 「では、お楽しみくださいませ」  受付を済ませた弘人は、部屋番号が書かれている札とマイクを受け取ると個室へと向かおうとした。 「お客様。割引券の方はお持ちでしょうか」  すると店員が弘人に声をかける。どうやら店員の言葉からすると割引券は先に出すシステムらしい。 「えと……じゃあ先払い?」 「いえ、料金は後払いでございます」  この時弘人はこの店員の言葉がやけに怪しく感じられた。後払いなのに割引券だけ先に出すカラオケボックスなんて殆どないはずなのに……  一瞬そう考えたが、今更退屈な街へUターンするのも嫌だったので結局何も考えずに従うことにした。 「わかりました。じゃあ……これ」  弘人はそう言うと財布から割引券を取り出して店員に渡した。店員はそれを受け取ると「それでは心ゆくまでお楽しみくださいませ」と言い受付へと戻っていった。 「えっと……俺の部屋番号は18か……」  弘人は18番の部屋を探して廊下を歩く。  少し進んだ一番奥の部屋に、「18」の数字が印された扉があった。カラオケボックスの個室にしてはやけに派手な装飾がなされ、そこがまるで異世界の扉のようにも思えた。 「本当にここでいいんだよな……? 確かに18って書いてあるし……」  そんな事を思いながらも弘人はその扉を開ける。その中は――彼がよく知るカラオケボックスではなかった。 「……は?」  其処にはテレビもスピーカーも存在してはいなかった。 「嘘だろ……ここどこだよ……?」  ただ、周りがかぼちゃ色の壁紙に覆われ、そこにはぽつんと木製のテーブルが置かれているだけ……いや、そのテーブルの上にはさらに皿が置かれていた。 「なんだこれ……キャンディか?」  真っ白な陶器でできた皿の上にはピンク色の宝石のような物体。星を象ったそれは照明に翳すと妖しげな光を放つ。それは恐らく星型のキャンディであり、ただそれだけの普遍的な物が、何故か弘人にとっては不気味なものに思えた。 「これ……食っていい……のか?」  弘人はそれを口に入れる気が起きなかった。明らかに不気味な部屋、そこにぽつんと置かれているものなんて到底食べられるはずがなかった。  しかし、沸いてくるのだ。彼の中から尋常な食欲が。このキャンディを口一杯に頬張って消化したい。この甘美な宝石を取り込みたい――このキャンディを見ていると何故かそんな欲望で頭が満たされていくのだ。  これは奇怪しい。絶対に奇怪しい。  食べてはならないはずなのに、食べられずはいられない。  そんな正体不明の不気味なジレンマに苛まれた弘人は、その欲望に飲み込まれてしまった。 「う……うめえ!」  口の中にいくつもの味が広がる。様々な甘味を凝縮したかのようなその味は、一瞬で彼を虜にした。  この甘さを、天にも上るようなこの快楽のような味を心ゆくまで味わいたい。そんな欲望が煮えたぎるマグマのように沸いてくる。  弘人はその欲望に身を委ねることしかできなかった。 「こんなもん、今まで食べたこともねえ! うめえ、うめえ、うめえよ!」  弘人はそのキャンディを無我夢中で頬張り続けた。そんな弘人に異変が訪れる。  いつしか弘人の全身がピンク色の光で満たされていく。キャンディを口に入れるほどに体から発せられる光が輝きを増していった。  その頃、フロントでカラオケボックスの店員が一人不気味に笑っていた。まるで今の弘人の姿を見透かしているかのように愉悦の笑みを浮かべながら一人呟く。 「お代はしっかり頂きますよ。あなたの全てでね……」  全身がピンク色の光で覆われた時、弘人に最初の変化が訪れた。  着ていた服が段々と変化していったのだ。  靴は先端が尖り丸まっていき、服とズボンは一体化してゆく。何もつけていなかった頭には先端が尖った帽子が被せられ、それが終わると弘人に覆われていたピンク色の光は静まっていった。  ただし、そこにはもう弘人の姿すらなかった。18番の部屋は、再び人の影を消して静寂が戻った。  あれだけ弘人に食べられたはずのキャンディは、皿に山盛りに乗せられていた。先程と変わらぬピンク色の輝きを放ちながら。     ◆ 「ん……」  耳から聞こえてくるがやがやとした声に呼応して弘人は意識を取り戻した。 「……ア……ト!」 「……な、なんだ?」  ふと声がした場所を覗き込むと、そこには仮装した子供が立っていた。ニコニコとした笑顔で手を差し出している。 「トリック・オア・トリート!」  どうやらお菓子が欲しいらしい。しかし弘人には生憎そんな物は持ち合わせてはいなかった。何も知らないと主張するかのように純真無垢なその笑顔に、弘人は言え知れぬ苛立ちを感じていた。 「なんだこのガキ! そんなもの……」  子供を罵倒しようとしたその瞬間、弘人の股座から強烈な快感を感じた。まるで、全身の感覚がその一点に集められたような感覚が弘人にはしていた。 「うひいっ! なんだこれ……」  その時弘人は感じた。自分の体の中の精巣で精液が作られ、今すぐそれを体内から追い出そうと逸物から迫り上がってくるのを。  しかし周りを見渡してみればいつの間にかそこは繁華街の真ん中。周りには沢山の仮装した人々。そしてハロウィン一色に染められたキラキラとした装飾群。  こんな所で出してしまえば、きっと自分は性犯罪者の仲間入りをしてしまうだろう。 「やめろ! 出したくない! こんなとこで……」  しかし、それは止められなかった。 「ああっ!」  逸物から真っ白な精液が飛び出し服を汚す。  しかしその精液は服に残らずにあっという間にその感覚を失う。まるで一瞬で蒸発してしまったようだ。 「そんな……俺は……ん?」  ふと手に違和感があったのでいつの間にか握っていた手を開く。そこにはマイクの形をしたキャンディがあった。そしてその手は何故か手袋を着けていた。 (なんだこれ、俺こんなん持ってたっけ?) 「ありがとー!」 「あっ!?」  子供はそのビスケットを自分にくれた物だと勘違いしたのかすぐさま弘人の手から奪って笑顔で消えていく。  弘人は自分の身に何が起こっているのか分からず混乱した。  何故自分がこんなところにいるのか。どうしてこんな事になってしまったのか――まったく思い出せなかったのだ。  その時、ふと目をやったショウウィンドウのガラスに映った自分を見て、弘人の思考回路はさらに混迷を極めることとなる。 「誰だ……これ?」  そこに映った自分らしき人間の姿――しかしそれは、いつも見慣れた自分の姿とはまるっきり異なっていた。  ショッキングピンクとオレンジを基調とした派手なピエロ衣装を着た道化師がそこに立っていたからだ。  ストライプの派手な服から始まって、両手を覆う純白の手袋にオレンジ色の帽子、そしてピンクとオレンジに分かれた先の尖ったピエロの靴。  顔は白塗りのメイクと真っ赤な付け鼻のせいで最早面影を感じさせていない。 「なんだこれ!? このピエロは……もしかして俺なのか!?」  首には小さな看板が掛かっており、そこには『I'm a clown who gives treats./おかし あげます』と書かれていた。  そんな滑稽な姿と化した弘人は、恥ずかしさのあまりすぐさま繁華街から離れようとしたのだが…… 「っ!?」 (なんだコレ……動けない!?)  弘人がいくら頑張っても、その場から弘人の足が離れることはなかった。まるで足に強力な接着剤が張り付いてしまったかのようだった。 (嘘だろ……誰か助けてくれぇ!)  そんな時、カボチャの仮装をした子供が自分の前に現れ「トリックオアトリート!」と叫んだ。その瞬間―― 「あっ!」  全身に稲妻のような快感が走り――弘人は再び射精していた。先程出したはずのその逸物は一瞬で固さを取り戻し、再び真っ白な白濁を道化師の衣装の中にぶち撒けた。 「そんな……」  射精した弘人の手袋から、どこからともなくCDの形を模したクッキーが握られた。子供はそれを遠慮なく受け取りどこかへ去っていってしまった。 「さっきもここからお菓子が出てきたよな……一体どこから……」 「トリックオアトリート!」 「トリート!」 「お菓子頂戴!」 「うああ、あっ!?」  弘人はまた射精してしまった。しかも今度は一発ではなく三発だった。襲いくる快感に頭が蕩けそうになる弘人。目の前には仮装した三人の子供がいた。恐らく友達か兄弟なのだろう。  手には本の形をしたグミと学校の形をしたチョコレート、そしてバスケットボールの形をしたキャンディがあったので、仕方なくそれを子供達に渡した。 「あぁ……俺、いったいこれからどうしたら……あれ?」  ふと弘人は気がついてしまう。自分の中に、何か大切なものが消えてしまっていることを。  自分が好きだったはずのもの、自分がどこの学校に通っていたのか――そこでやっていた部活がなんだったのかも、思い出せなくなっていることに。 「あれ、そういえば俺……今日何しようとしてたんだっけ……思い出せねえ!」  ハロウィンが退屈だったのでどこかへ行こうとしてたことは覚えているのに――そこがどこだったのかは全く思い出せなかった。それもそのはず。その記憶はすでに彼の中から失われてしまったものであるから。 「トリックオアトリート!」 「うああああ!」  無邪気な子供の掛け声とともに弘人は射精を繰り返す。自分の意思とは関係なく子供の声とともに情けなく絶頂するその姿はまさしく道化のようだった。 (あああ、気持ちいい……!  あれっ、ここはどこだ? 俺は誰だ? 俺は、どこからここへやってきたんだっけ?)  射精し、手から色とりどりのお菓子がぽろぽろと溢れ出る度に、弘人は自分の中にあった様々な記憶を失っていった。  初めは身の回りの些細なことからだった記憶が、いつしか自らを形成する大事な記憶すら精液に変換されていく。 (あれ? 俺は誰だ? 名前は……わからない……)  『E』『H』『I』『O』『R』『S』『T』『U』のアルファベットが象られたビスケットが手から落ちる頃には、彼は自分の名前すら思い出せなくなっていた。  青とピンクのジンジャークッキーや家型のチョコレート、そして色とりどりのキャンディを子供に渡した頃には、今までの葛藤や、困惑などというものが、頭の中からすっかり消え去っていた。 「ふう……いっぱい出したらすごくすっきりしたよ。アハハ!」  何もかも失った弘人は気分も軽くなり、陽気な笑顔を浮かべていた。  今まで自分を縛っていた重い何かがごっそりとこそげ落ちたかのような開放感を今の弘人は感じていた。 「トリックオアトリート!」 「はいはい。いい子にはこのボクがお菓子をあげようね。ボクはスイートクラウン。お菓子が大好きな子の味方だよ」  弘人――いや、スイートクラウンは屈託のない笑顔を浮かべ仮装する子供たちにお菓子を配るのだった。  カラオケボックス・クラウン。  閑散としたその場所には男が一人佇むだけ。  そんななか、扉を開けてピエロが一人現れた。  それは、かつての弘人だった。  ハロウィンパレードも終わり、あらかたお菓子を配り終わって満足した様子だった。 「いらっしゃいませ」 「ボクはスイートクラウン。全ての迷える人々にお菓子を届けるだけの存在……あなたがボクをそうさせたんだよね?」  スイートクラウンのその言葉を聞いた男は本性を現したかのように不気味に笑いだす。 「ああ。私がお前を選んだんだ。お前こそスイートクラウンになるに相応しい存在だったのだからな」  一週間前弘人に割引券を配ったのは、実はこの男だった。それはカラオケの割引券などではないし、当然ここもカラオケボックスではない。  ここは魔法の館で、あのチケットは契約書のようなものなのだ。彼が人間からお菓子のピエロへと生まれ変わる契約を結ぶための。 「君のように、世界を拒むがゆえに何の影響にもならないような人間が相応しいんだよ。この世界の条理を外れた存在になるにはな」 「ボクはもう何も覚えてはないけれど、あなたと共に生きること、そして甘く愛おしい世界を作るために生まれてきたことだけはわかってるつもりさ。だから何も知らないボクに、教えてくれよ」  そう言いながら星形のキャンディを渡すスイートクラウン。それはピンク色に妖しく輝いていた。     ◆  一ヶ月後。  高校生、末井弘人は、この世界にいなかったこととなっていた。  弘人の家族だった人間も、自分の家族は夫婦と長男が一人だけであると認識しており、その中にいたはずの弟の存在は彼らの中から完全に消滅していた。  彼の学校の担任やクラスメイトも、最初からそんな生徒はいなかったものと認識し、彼らはいつも通りの日常を過ごしていた。 「ハーイ、どれでも一個百円だよ〜」 「ありがとう、ピエロさん!」 「どうもー。ボクはいつでもお菓子の大好きな子の味方だからね〜」  繁華街では、ハロウィンパレードが終わった頃から、どこからともなくピエロが現れてお菓子を売るようになった。  ピンクとオレンジの服に身を包んだピエロはどこからともなく取り出す色とりどりのお菓子を百円で販売しており、そのお菓子は子供から大人にまで大人気だった。  自らをスイートクラウンと名乗るピエロは、子供達の笑顔を見ることが何よりの幸せで、それでお菓子を子供達に売りはじめたのだそうだ。 「ボクはスイートクラウン!  良い子も悪い子もボクのお菓子を食べれば仲良くなれるよ!  だって、ボクの心が詰まってるんだからねっ!」  END


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