浄化悪
Added 2021-03-28 22:21:04 +0000 UTC城川昭博は特になんでもない、どこかに一人はいるただの不良だった。 くだらない理由でグレて素行不良を繰り返し、学校でも家庭でも居場所がなく、同じ学校の不良仲間と授業をボイコットしたり万引きなどの悪事を繰り返す日々を送っていた。 しかしある日昭博は、その人生を一つの仮面により破壊されることとなる。 草木も眠るような夜、昭博はひとり無人の道路をバイクで走っていた。彼は、誰にも邪魔されないこの時間が好きだった。自分が本当に自由でいられる時間という気がしたから。 「ふぅ」 休憩がてら道路脇で煙草を吹かしていた昭博は、そろそろ出発しようとタバコの火を踏み消した。そんな時だった。 『くすくす……』 彼の耳に子供の笑い声のようなものが聞こえたのは。 その声は、邪気が感じられずそれでいて純粋に人を嘲るような、そんな声だった。逆にそれが昭博には不気味に聞こえた。 「なんか嫌な場所だな。さっさと行くか……」 頭の良い方ではなかった昭博は、今ここですべき最善策は細かいことは何も考えずここから去ることだと考え、すぐにバイクに跨りエンジンをかけようとした。しかし…… 「……鍵は、どこ行った?」 昭博は服のポケットのあらゆる場所をまさぐった。バイクの鍵がどこを探しても見当たらないのだ。しかしジャンパーのポケットにもジーンズのポケットにも鍵は入っていなかった。しまった――昭博はこんな場所で鍵を落としてしまったのかと後悔した。 鍵がなければバイクを動かせず、家へ帰ることもできない。家からはかなりの距離がある。とてもバイクを押しながら歩くことは不可能だ。昭博が取るべき行動は、一つしかなかった。 ◆ 「見つかんねぇ……どこ行った……」 日も落ち、夜の闇が辺りを覆い隠した頃、昭博は落とした鍵がまだ見つからずに途方に暮れている。スマートフォンのライトで辺りを探すもそれらしきものは見当たらず、未だに右往左往していた。 「ん?」 そんな時、昭博はライトに照らされて何かが光ったことに気がついた。小さくて遠くからでは判別できなかったが、昭博が探し求めていたそれなのではないかと足早にそこへと近づく。しかしそれはただの一枚の紙切れだった。 「トランプかよ……誰の落としモンだこれ?」 それは一枚のトランプ。紫色の裏地を裏返すと白い仮面を被った道化師が描かれている。そして端にはおどろおどろしい文字で書かれた『JOKER』の文字。紫の衣装を身に纏い、大鎌を持ちながら三日月に座り込んでいる月並みな絵柄だったが、黒の背景にニヤニヤと不気味に笑っているように見える仮面が昭博には少し不気味に思えた。 「なんかこのトランプ……いや、何でもねえ。鍵を探さないと……」 トランプを乱雑に放り投げると再び昭博は鍵を探そうと踵を返す。しかし、そんな昭博の耳に、再びあの声が響いた。 『見つけた……ボクの器に相応しい人間……』 「……!?」 その時、昭博は背筋が凍ったような感覚に見舞われるのを確かに感じた。背後から聞こえたのは無邪気で幼い声。『ボクの器』――その単語に嫌なものを感じた昭博は、恐る恐る後ろを向く―― ――そこには何も見えないはずの月夜にはっきりと光る真っ白な仮面が、昭博のすぐ目の前にあった。 「うわああああっ……んんぅ!」 白い仮面は昭博の叫びをかき消すように、昭博の顔面に張り付いた。昭博は恐怖で自分の顔にやってくる仮面に対抗できなかった。吸い付いた仮面が昭博の顔中をかあっと熱くする。 「なっ、なんだこりゃ……! やめろぉ!」 仮面を被された昭博はそれを剥がそうと仮面に力を込め引っ張るが顔の皮が伸びるだけでその仮面が離れることはなかった。仮面の下の素顔は苦悶の表情を浮かべているはずなのに、紫と黒の邪悪なにやけ面にかき消されてとてもそうには見えなかった。 『浄化悪変化(ジョーカー・チェンジ)』 「うおっ!?」 突如聞こえてきた声とともに、長年大切にしてきていた昭博の黒いジャンパーが細切れになり勢い良く弾け飛んだ。 「俺の服が!?」 飛び散ったジャンパーは唐突に吹いた突風により散り散りになって虚空に飛んでいった。もう再び彼があのジャンパーを身に付ける事はないだろう。 「そ、そんな……」 『こんなダサい服に別れを告げてる暇なんかないよ。今からキミはボクになるんだから、その心構えくらいはしてもらわないとね』 「……! 誰だ、お前!?」 昭博の脳内に声が響く、しかも昭博にとっては聞いたことのある声だ。そう、あれは、あの無邪気な子供のような声――仮面を被る前に聞こえたあの不気味な声と同じもの。 『ウフフ、ウフフフフ……』 昭博の脳内に際限なく響いてくる笑い声。それは脳だけに飽き足らず、頭の中を反響すると身体中に骨を、肉を通して伝わってくる。その声を聞き続けていると頭がどうにかなりそうになった。 『うん、これまでキミの行いを見させてもらった。このままじゃ“悪を浄化する者”としては相応しくないから、多少は“出させて”もらうよ』 「“出させてもらう”……?」 不穏な単語を呟く謎の声に昭博は困惑する。しかしそんな昭博の困惑を吹き飛ばすような事が起きた。 「んっ!?」 昭博の股座がかっと熱くなる。その熱は、色で例えるとするならば真紅――ではなく、桃色。または、紫。 熱さよりももどかしさ、痛みよりも痒みと称するに相応しい、そんな感覚が、昭博を襲ったのだ。 「なんで俺、勃って……」 つまりは、勃起していたのだ。ジーンズの中で昭博のチンポが。 立ち上がったチンポは、ジーンズを押していやらしい膨らみを形成している。 しかもその膨らみは、昭博の快楽信号と直結しており、今すぐにでもその信号は爆発しそうになっていた。 「こんなとこで……こんなところでぇっ……!」 口でそんなことを言っている昭博だったが、脳内では既に別の邪念に頭を支配されていた。 (体が火照ってる、気持ちいい……抜きたい。射精したい――抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい抜きたい――!) 頭の中は射精することでいっぱいになっており、それ以外の事は考えられなかった。その時、顔面を覆っていた仮面が、一瞬鈍い光を放っていたのを、快楽に支配されていた彼には気がつくことができなかった。 (出したい、精子を、俺の種を出したい。今すぐ出す。チンポから出す。俺を出す。俺を出したい……俺の、いらないものを、邪魔なものを、悪を浄化するのに不必要な全てを……) 昭博がそう願った時、昭博は最大に射精した。トランクスを貫通して黒いジーンズをさらに黒く染めた。濡れそぼったジーンズは、すぐさま新鮮な精の匂いを放った。 「ああっ!」 その瞬間、シャツがジャンパー同様細切れになり塵と化し、昭博は叫び声をあげる。昭博の上半身を守っていた衣服は全て消え去り、代わりに彼の鍛え上げられた筋肉が露わとなった。腹筋も申し分なく割れている。 『いい子だ。それにしても下品な体だね』 「うるさい……そんなの俺の勝手だ……!」 自慢だった肉体美を貶されて怒りの感情が昭博の中に一瞬渦巻くも、再び再燃した快感によりその感情も掻き消えた。 そして彼の“変身”は続く。 「うおっ!」 ふたたび射精した昭博が次に失ったのはジーンズだった。夥しいほどの量の精液に塗れ既に元々の色すら分からなくなったトランクスが外の空気に晒される。それと同時に昭博のチンポもトランクス越しに夜の空に吹く風をさらに強く感じられるようになった。おかげで股座の熱を風が冷ましてくれる――ということはなかった。 チンポの熱は治まるどころか風に撫でられる快感によりさらに強まっていった。 「あああっ!」 昭博はそれらの要因によりあっという間に射精する。それがトリガーとなったのかトランクスすらも無残に弾け飛び、彼が身に付けているものは靴だけとなった。しかしそれもたった今昭博のものではなくなろうとしていた。 「ど、どうなってんだ……俺の靴が……」 昭博の履いていた靴がグニャリグニャリと粘土のように形を変えていく。昭博の靴は先の尖った紫色の靴に変化した。それは、トランプの道化師が履いているような現実みのないもので、自分の靴が目の前でそんなファンタジーじみた奇妙なものへと変わってしまったことに恐怖を覚えた。 しかし昭博は、ふたたび困惑することとなる。 「えっ……?」 その靴が、またグニャリと蠢くと、いつもの自分が履いている靴へとまた形を変えたからである。元に戻ったと安心していると、またグニャリと道化師の靴へと逆戻りしてしまう。 「あぁ……これはどういう……」 グニャリ、グニャリ、グニャリ。自分の靴と道化師の靴が交互に変化していく様子が、昭博にはただただ不気味だった。変化したものがまた元に戻り、そしてまた変化する。例えるなら自分のものが自分ならざるものへの変化に抵抗している――そのようにも感じられた。 『因子が抵抗してる……いい加減受け入れなよ。そんなありふれた靴よりボクの靴の方がカッコイイし!』 「ふざっ、けんな……クソが……こんな靴、誰が履くか……」 チンポを勃起させながら、昭博は自分に起こっている変化に耐える。道化師の靴を直に足の裏で感じる時にとてつもない快感が全身に走っていようとも。風に直接チンポが当たった時に我慢汁を飛び散らせていようとも。 「あっ、ふ、ふっ……ふううっ!」 びゅるりと真っ白な精液が黒光りする昭博のチンポから飛び出る。その時昭博が履いていたのは――道化師の靴だった。その後、いくら時間が経過しようと昭博の靴は元の靴に戻ることはなかった。 「ああっ、そんな……」 『あははっ、その靴カッコイイでしょ? じゃあ次はフェイズ2だね!』 フェイズ2――次の段階――昭博の“変身”は次のフェイズに進もうとしていた。その瞬間、開始の合図とでもいうように昭博のチンポから大量の精が解き放たれた。 (ああっ……お、俺の……何かが、消えて……) その瞬間、昭博は大きな違和感を覚えた。大好きだった煙草やバイクに対する価値観が変化していたからである。 毎日の楽しみだった煙草は、煙を見るのも嫌なほどにそれがとてつもなく嫌悪感を示すものへと変わっており、一番の趣味だったバイクに至っては、まるで道端に生えている草と同程度の興味しか持たなくなっていた。 『下品な趣味はボクには相応しくない。消えてもらうよ』 「俺の、好きなもの……なんだったっけ……お、お前、俺に何しやがった!」 『キミの好きなものは……もっと素晴らしいものにボクが変えてあげるよ!』 「そんなもん……うはぁっ!」 再び、もう何度目かわからない射精をした昭博の頭からは、自分の大切な友達――不良仲間の顔や名前が解き放たれる精液とともに消え去っていった。小学校や中学校の時の友達の記憶はあるのに、今の大切な悪友の存在だけがピンポイントに消えていた。 「嘘だろ……俺のダチ……どんな奴だったっけ……明日も会おうって言ってたのに……」 『浄化するべき存在と仲がいいなんて、なんでこんなロクデナシがボクの器なんだろう? だからこそ、なのかな?』 浄化だの、器だの、訳の分からないことをのたまう声に、昭博は苛立ちを覚えた。しかし何故苛立っているのかすら、大切な存在を消された昭博にはもうわからない―― その後も、昭博は射精とともにさまざまなアイデンティティを消されていった。暴力衝動や可愛い女子への下心、社会への反抗心など、これまでの彼を形成していた部分が次々と失われていく。残ったのはありふれた高校生としての記憶だけだった。 「お、俺は、誰なんだ……俺はもっと、こんなの俺じゃない……俺は……俺は……」 アイデンティティを消失した昭博は、文字通り自分を見失っていた。出がらしのパーソナリティだけを反芻し廃人のように脈絡のない単語を呟くだけの人間と化して、裸に道化師の靴だけという奇妙な格好で夜の野原に立ち尽くしていた。 『怖がらなくていいよ。キミは、もっと素晴らしい存在になる。そう、正義の味方にね!』 その声とともに、昭博の全身に今までで一番の快感が駆け巡る。全てを作り替えるような快感は、昭博の“汚れた種”を吐き出し、浄化していった。白い精液が月の光に反射して新しい城川昭博の誕生を祝福するかのようにキラキラと光り輝いた。 「『浄化悪・変化!』」 その掛け声と共に、昭博に新たな衣が用意される。黒色と紫色で構成された道化師の衣装と頭をすっぽりと覆い尽くす帽子。そして両手には黒のグローブ、腰にはトランプのスートの意匠があしらわれたベルトが装着されて、昭博の“変身”が完了した。 「ボクは、この世に蔓延る悪を浄化し地球を清らかな存在へと変える道化師――『浄化悪(ジョーカー)』だ!」 そう宣言すると昭博はポーズを取っていた。まるでテレビの中のヒーローのように。 いや、今の彼はもはや城川昭博ではなかった。 悪を倒す正義の存在、浄化悪となったのだ。 「さて、まずはこの力を試さないとね。キミのかつての友人でね……ウフフフ……」 そう無邪気に笑いながらジョーカーは昭博が停めていたバイクへと歩き出す。ジョーカーはバイクに触れると力を込める。するとバイクはみるみるうちにその形を変えていく。 「これはもう必要ないからね。ボクに相応しいモノへと作り替えてあげよう」 バイクは、ジョーカーの体ほどもある大きな鎌に変化した。まるで死神が背負っている鎌にも見えるそれを担ぐと、そのジョーカーの姿はまさにトランプに描かれている道化師そのものだった。 「おっと、これも忘れちゃダメだったね」 ジョーカーは近くに落ちていたトランプを拾い上げる。中には何も書かれてはいなかったが、ジョーカーはそのトランプを大事そうに懐に仕舞うと、鎌に跨った。 そのままジョーカーは、まるで魔法使いの箒のように鎌で三日月が輝く夜の空へと飛び去っていった。 ◆ 「畜生、もう金なくなっちまった。パチやってっとあっという間だわ」 「俺もだ」 夜十時ごろ。パチンコホールから地方の高校に在学する生徒がぼやきながら出てきた。しかしその出で立ちは制服を改造しておりとても真っ当な学生とは思えない。そもそも深夜にパチンコで遊んでいる学生など明らかに真っ当ではないのだが。 彼らの名前は幸司と晴信といって、高校での昭博の不良仲間であった。 「昭博の奴がいればもうちょっと遊べたのになぁ」 「あいつの事だからまたバイクだろうな」 「俺も免許取ろうかな。あいつが乗ってるの見たら俺も乗りたくなってきたわ」 「こんな事してたら一生無理だって。しばらくは2ケツでいいだろ」 「そうだな……」 そんなことを話しながら家路に帰ろうとする二人。しかしそんな不良学生を見逃さない者がいた。それは親や教師や警察などという普通の存在ではない。もっと別の、おぞましいなにかだった。 「やぁ、キミたち学生だよね? こんな遅くに何してるのかな?」 「やべっ……は?」 声をかけられた幸司は、唖然となる。てっきりその声が警察か何かだと思い反射的に身構えたものの、目の前にいたその人物が奇妙な姿をしていたことに驚く。 それは道化師のような姿をしていたからだ。いや、仮面をつけて尖った靴を履いて、鎌を背負っている。トランプのジョーカーに描かれている道化師がそのまま現実に飛び出したかのような人間が、今この場で自分に話しかけたのだ。驚かないわけがない。 「テメェ……急に声かけてきたと思ったら、なんなんだ?」 「こんな時間にコスプレなんかしやがって……気持ち悪っ」 それが当たり前かのように初対面の人間に対して毒を吐く幸司と晴信。そんな二人を見てジョーカーはケタケタと笑い出した。 「アハハハハハ! さすが不良! なかなかの量の赤のエナジーが渦巻いてるね!」 「何がおかしいんだテメェ!」 煽られた幸司がすぐさま蛸のように顔を赤くして怒り出す。それを見てジョーカーはさらに煽るように笑う。 「舐めんじゃねぇぞ!」 晴信も拳を振り上げながらジョーカーに向かって走り出した。その瞬間、ジョーカーの目から妖しい光が放たれた! 「こんな夜遅くに遊んでいる。すぐさま暴力に訴える。 やはりキミたちは、この世に必要のない存在だ! だからキミはボクが用意したゲームで浄化させてもらうよ!」 ジョーカーが右手に握られた大鎌を振り上げる。そしてそのまま、二人に向かって振り下ろした! 「なっ!?」 「うわっ!」 一瞬、真っ黒な光が夜の闇を塗り潰した。その光が収まる頃には、ジョーカーも、不良少年二人も、そこには存在していなかった。 ◆ 「ん……なんだ……?」 どきつい紫色の光に当てられ、江口幸司は目を覚ました。近くには不良仲間である新宮司晴信も寝転がっている。強烈な眠気に支配されながらこれまでの記憶をたどる幸司。 (確か俺はパチンコで負けて……晴信と帰ってたら……そうだ、あいつ!) 幸司はすぐさまあの奇妙な道化師の存在を思い出した。道化師に鎌を振り上げられて、それから眠ってしまった――おそらくそうだと幸司は自分の状況を確かめつつ未だに気を失っている晴信を起こしにかかる。 「おい! 晴信、起きろ!」 「ん……どうした、幸司……」 晴信も幸司に起こされて目を覚ます。そしてぼんやりとだが少しずつ今自分が於かれている状況を理解し出す。 「おい、ここ……どこだ?」 そこは、ドームのような空間だった。辺り一面には紫色の壁紙が貼られている。そこには月や星の装飾が散りばめられまるで夜空を再現しているかのようだった。そして上には糸で釣られた張りぼての三日月――ゆらゆらと揺れている大きなブランコ――それに巨大なボールや常人ではとても不可能なほどに積み上げられたトランプタワーなど、そこはまさに異空間と呼ぶに相応しい場所だった。 「やあ、ボクの浄化空間へ」 どこからが声がする。その声はまさしくあの紫の衣装に身を包んだ道化師――ジョーカーのものだ。 「おい、ここどこなんだよ!」 「どこにいやがる! 出てこい!」 「ウフフ、ボクはここさ」 声の方を向いてみると、そこには確かに奴がいた。張りぼての三日月に座りながらこちらを見下ろしている道化師が。 「こんなとこで何してやがる!」 「俺らに喧嘩売って、どうなるかわかってんだろうな!」 二人はそれぞれ脅しの言葉をかける。しかしジョーカーはそんな二人の言葉など歯牙にも掛けないという様子でこう言った。 「何言ってるの? キミたちがどうなるかは、ボクが決めるっていうのにさ?」 「はぁ!? ざけんな! テメェ如きに俺らがどうにかできると思ってるのかよ!?」 このような不可思議な状況に於かれているにも関わらず、未だにその威勢を崩さない幸司と晴信。しかし、彼らの威勢は虚勢でもあった。粋がらなければ、強がらなければ己の存在を誇示できないのだ。ジョーカーはそんな彼らの心すら見透かしていた。だからこそ、彼らの張りぼての言葉など、一つも怖くなど感じないのである。 「どうにかしてみせるさ。だってボクは正義のヒーローなんだからね。悪がヒーローに勝てるわけないじゃないか」 そう言うと、ジョーカーはふたたび鎌を振り上げる。すると、鎌は二つに分割され、それぞれ楕円の小さな物体となって二人の下へと物凄いスピードで迫っていく。 「なっ、なんだ!?」 それは、ぐるりと二人の背後へ回ると、彼らのある部分目掛けて飛んでいった。 「はうっ!?」 「うぐっ!?」 それは臀部――もっと正確に言えば、“アナル”だった。彼らの学生服や下着を貫通して、アナルの奥、腸内へとすっぽりと収まったのだ。二人は初めての感覚に情けないことをあげることしかできなかった。 「おい、ざっ、ざけ……あっ!」 「これ今すぐっ、抜きやがれ……じゃないと、あうっ!」 尻の中に異物が刺さる感覚――それは友達にふざけて浣腸をされた時に似ていたが、それとはまた違った感覚だった。声をあげるたび、体が動くたびに体の奥から妙な感覚が与えられる。 二人は、いま下手に動けば、取り返しのつかないことになると本能的に感じていた。 「バイブって知ってるかな? ローターとも言うんだけど。スイッチを押せばそれが震えて、キミ達の前立腺を刺激する。簡単に言えば手を使わず絶頂できるオモチャさ。 今からキミたちには、それを着けながらゲームをしてもらうよ」 ジョーカーはパンと手を叩く。するとどこからともなくモニターが出現してゲームのような画面を映した。 「ゲームだと……ふざけてんのかテメェ!」 「ゲームの説明を始めるよ。まず今キミ達の前立腺にはバイブが装着してあるのは分かるよね? キミたちにはそれを着けながらトランプでボクと遊んでもらうよ。ババ抜きでも、ポーカーでも、大富豪でも、ブラックジャックでも、なんでもいいよ。 それに負けたらペナルティとしてバイブを作動させてもらう。その時射精したらさらにペナルティを受けてもらう。さあ、モニターに注目してね」 モニターの画面が切り替わる。そこには人間がトランプに負け、バイブを作動させられ、射精する様子が映し出されていた。 そしてその瞬間、その人間の身に付けていた服がたちまちジョーカーが身に付けている道化師の衣装に変わっていった。 ジョーカーそっくりに変身したその人間がモニター越しにゲームの説明を続ける。 『射精するたびにキミたちの大切な服をボクの用意した素晴らしい衣装に着替えてもらうよ。 そして全ての服が新たな衣装になった時点でゲームオーバー。キミたちは新たな存在として生まれ変わるのさ』 その様子に二人は愕然とする。その魔法のような奇妙な光景に驚いたのもあるが、一番恐怖を覚えたことは、この光景がまさしく今自分たちに起ころうとしているであろうことだった。 「ふっ、ふざけたことばっか言ってんじゃ……あっ、あうん……」 叫ぼうとすると力んだ側からバイブの刺激が体を支配する。おかげでその威勢もただの情けない喘ぎ声になるだけだ。 「じゃ、始めようか」 ジョーカーがまた手を叩く。すると二人の前に何百セットものトランプが出現した。二人はご丁寧に椅子に座らされ、向こうには対戦相手であるジョーカーが座っている。そのにやけた顔の仮面の下はまったく見えなかったが、こちらをじっと見据えているのは間違いなかった。 ◆ 「はい、こっちね」 「あっ!」 まず二人が行ったのはババ抜きだった。 最後のトランプが揃い、最後にジョーカーを手にしていたのは幸司だった。はじめはトランプを順調に揃え、相手をリードしていたはずなのに、それからはまるでトランプを揃えることができず、さらに不運は重なり、ジョーカーにジョーカーを引かされてそのまま負けてしまった。 「キミの負けだね」 「嘘だろ……や、やめ……」 幸司は震えていた。当然ながらこのババ抜きがただのババ抜きでないことは彼も把握していた。だからこそ震えが止まらないのだ。まあ、震えるのは別のモノだったが。 「あっ、あひいいぃ!」 臀部の奥深く、未知の部分に装着されたソレが激しく揺れ動く。その感覚はオナニーの絶頂を遥かに超える快楽を彼に与えた。背筋が痺れ、頭に桃色の奔流が溢れ出す。 情けない声を上げて幸司は手も使わず射精した。 「イッちゃったね。じゃあ、お着替え開始!」 「や、やめ、プルプルプルルルルルゥゥ!」 ジョーカーの宣言とともに幸司の身体は何者かに操られたかのように震え出す。手や足をプルプルとばたつかせ、全身を回転させるかのように自らの意思とは関係なくその体を暴れさせられた。 体から全身の力が抜ける感覚、それとともに着ていた学生服がなにか別のものに変えられていく感覚を味わいながら、幸司はただ奇声をあげていた。 「プルプルプああっ!」 「まずはこれくらいかな。はい、鏡!」 奇妙なお着替えタイムから解放された幸司は、ジョーカーが用意した姿見に映った自分の姿を見て愕然とした。 頭にはカラフルな帽子が被さっており、首には大きな襞襟、そして両手に手袋、足には大きな靴が着せられていたからだ。それはまるで、ピエロの服そのものだった。 しかしそれ以外はまだ幸司の制服のままだったため、とても滑稽なものに見えてしまっている。幸司にはそれがとてつもなく恥ずかしく思えた。 「おっ、お前、ピエロみたいな格好になってるぞ……」 「な、なんだよこれ……戻せよ! 元に!」 「戻して欲しかったらボクに勝つことだね。まあ、無理だと思うけど」 「無理じゃねえ! 次こそお前に勝つ!」 しかし、またしても次のトランプゲーム、大富豪にて、二人はジョーカーに勝つことはできなかった。 いや、そもそも勝つことは不可能なのである。 ジョーカーが作り出した浄化空間では、その人間の悪の気が強ければ強いほどジョーカーには勝てなくなるためだ。当然、悪の気が強い二人にはジョーカーに勝つことなどまぐれでもあり得なかった。正義が悪に勝つのは当然の事であるからだ。 「クソっ!」 「じゃあ貧民の晴信君、ペナルティね」 その声とともに晴信のバイブが作動する。 「そんな……やめ、ふっ、はああん!」 幸司よりさらにコンマ早くに射精する晴信。当然、射精してしまった晴信にもペナルティが発生する。 「晴信君も一回目のお着替えタイムだね。じゃあ、開始!」 「あっ、プルプルプルルル、プルルルルルルゥ……」 ジョーカーの声とともに操り人形のように右往左往する晴信の体。学ランが白い布に切り替わり両手には純白の手袋が装着された。 「俺が……なんでこんな服……」 着替えが終わった晴信の学ランは、真っ白なタキシードになっていた。赤い蝶ネクタイが白い服を彩っている。 そのタキシードに合わせるように白い手袋が晴信の両手には填められていた。晴信がいくら脱ごうとしても手袋もタキシードも外れることはなかった。 しかしズボンと靴は未だに晴信の学生服のままであり、中途半端なコスプレをしているようにも見えて晴信にはそれが却って恥ずかしく思えた。 「くそ……俺まで……」 「つ、次だ! 次やるぞ!」 「いいよ、気が済むまで遊ぼうか」 元に戻るため一縷の望みに賭けた幸司と晴信。しかし、次のポーカーでも、ブラックジャックでも二人は勝てなかった。 「プルルルルルルルルルルルルルルゥ……」 ポーカーで負けた晴信のズボンと靴はタキシードに似合う白色の紳士服へと変わり、頭にシルクハットが被せられる。 ブラックジャックで負けた幸司も、残っていた学生服をピエロの衣装に着替えさせられてしまった。 「お着替え完了! 立派なピエロと紳士になったね! おめでとう!」 そんなジョーカーを余所に二人はピエロ服とタキシードを脱ごうと足掻く。しかしピッタリと貼り付いたかのようにその衣服は外れることはない。 「じゃあ、最後の仕上げを始めようか」 「「はうっ!」」 ジョーカーは手を鳴らすと前立腺に装着していたバイブを抜き取り、大鎌へと戻す。そしてそのままその大鎌を振りかぶり―― 自分目掛けて振り下ろした。 「!?」 ジョーカーの身体は大鎌に切り裂かれ二つに分断される。そして―― 「「じゃーん!」」 二人のジョーカーへと分裂を遂げた。彼は、大鎌を自分へと使う事で己の分身を作り出す事ができるのだった。あまりの光景に声も出ない二人。 しかしそんな二人に最後の時がやってくるのも時間の問題であった。なぜジョーカーが二人に分裂したのか。それは、彼らが二人だったからである。 「最後はボクの力を注いで悪の気を全て絞り出す。こうしてボクの浄化は終わるのさ」 そう言うとジョーカーは、二人の背後に回ると―― 「ひっ!?」 二人がどれだけ引っ張っても脱げなかった衣装をいとも簡単に脱がしてしまう。しかし脱がしたのはズボンの部分だけだった。二人の陰部と臀部が露わになる。 「ボクのエネルギーはココに溜まってる……今まさに浄化の力を吐き出したくて仕方ないんだ……」 ジョーカーも同じように自分のズボンをずり下げ陰部を見せる。茂みの一切生えていないツルツルとした陰部には、おぞましく屹立したジョーカーのチンポが蜜を垂らしていた。 「おい、それ、どうするつもりだ……」 「まさか……!」 そのまさかだった。 ジョーカーはその巨大なチンポを二人の尻に勢いよく突き刺したのだ! 「んあっ!?」 普通ならば慣らしてもいない尻穴に陰茎を突っ込む行為は危険なものである。だからこそジョーカーは“慣らす”ために『お着替えゲーム』を行ったのだ。 ジョーカー特製のバイブを突っ込まれ小刻みに刺激した幸司と晴信のアナルは、彼好みの極上のケツマンコへと昇華していたのだった。 「さすがボク……いい出来だ……」 ジョーカーは悦に浸りながら自分が開発したケツマンコにその自らのモンスターを差し込む。対する二人は、その感覚に不快感を覚えるどころか、全身が覚えた“感覚”を思い出して喘いでいた。そう、あのバイブに覚えさせられた極上の快楽に。 「やめ、やめて……俺、はあっ……気持ちいい……いや、違げぇ、俺は、俺はぁ……」 「あっ、ちくしょう、こんな、んっ、奴に……ふざけん……はぁんっ……だっ、ダメだっ……おあぅ……」 二人のジョーカーになす術もなく犯され、彼らの脳はその快楽を受け入れつつあった。口では未だに抵抗しているものの、その威勢もすでに破壊寸前に達していた。 「さあ、悪よ、ボクの力で浄化せよ! 正義の心を取り戻せ! 『浄化悪・精浄化(ジョーカー・ホワイティング)』!」 ジョーカーはそう叫びながら不良少年達に浄化の精液を流し込む。その精液は、二人の身体中を巡り、悪の気を彼らの精液として除去はじめた。 「ああっ! 俺は……僕は、消えていく……俺の大事な、いらない記憶が! 違う! 俺は、僕は、ピエロのように人を楽しませる、パチンコ、明るい人間に、なりたくない! やだっ、んんんんっ!」 「うっ、ふっ、はあっ! わ、私は、俺は、紳士に、違う! 俺はどんなことでも些細にキレ……たりしない穏やかな人間に、理知的で、そんな人間に、なりたくねぇ! 俺は、社会になんて、貢献できるような、そんな人間に……やめろぉぉぉぉ、ああっ!」 怖いほどに勃起したチンポから射精するごとに、二人の中から悪の心――不良少年としての記憶が精液と共に消滅していった。 幸司は明るく人を楽しませるピエロのような人格が、信晴は理知的で穏やかな紳士のような人格が抜けた穴を埋めるように入り込んでいく。 そして―― 「こんにちは! 僕、江口幸司! 人を笑顔にさせるのが好きなピエロさ! よろしくね!」 「おはようございます。私は新宮司信晴という者です。紳士として皆様に恥じない振る舞いをしたいと思います。以後お見知り置きを」 一通り精液を出し終わった後、二人は人が変わったかのようにその姿に似合う振る舞いを行う。 満面の笑みでポーズを取る幸司、物腰柔らかにお辞儀をする晴信。彼らに不良少年の面影はもうなかった。 「ジョーカー様、私達を浄化してくださってありがとうございます。このご恩は感謝してもしきれません」 「ありがとうジョーカー! おかげで僕達もっと楽しい人生が送れる気がするよ!」 そう言うと、二人の身体は光の粒子となって消えていった。これから現実の彼らもその姿に相応しくなるよう書き換えが行われる。明日からの彼らは、もう皆が見知った不良少年ではないだろう。 「キミたちの悪の心は浄化された。これからは普通の高校生として皆の役に立つために生きてくれ」 そう呟いたジョーカーの体も、同じく粒子となって消えていく。浄化が完了したこの空間はもう必要ないからだ。そしてジョーカーも役目を終えて一旦消滅する。 しかし、この世に悪が蔓延る限り、ジョーカーは消えない。 再び悪を感知したとき、ジョーカーは復活するだろう―― ◆ 「ん……」 爽やかなとある朝の日、目覚まし時計を止めて青年が目を覚ます。 その青年はどこにでもいるような普通の学生で、部屋もありふれたもので溢れている。 「昭博、おはよう」 「おはよう、母さん」 普通の高校生、城川昭博は学生服に着替えて朝食を家族と共に取る。身嗜みも容姿もごく普通の一般的な男子高校生といった風貌だった。 性格もごく普通の、そして二人の幼馴染みがいるだけのただの高校生だった。 「そういえば母さん、今日変な夢を見てさ」 それは自分がバイク好きの不良になった夢だった。乱暴な友達と色んな悪事を働いた。とても自分がそんな人間になるとは思えないと思うほどの奇妙な夢。そして昭博は夢から醒めた時、それが夢であったことに安心した。 「じゃあ、行ってきます!」 「気をつけてね」 昭博はいつものように学校へ向かう。一枚のトランプを持って。 「おはよう」 「おはよう、昭博くん!」 「おはようございます」 教室に入った昭博を迎えたのはクラスメイトであり幼馴染みの幸司と晴信。 江口幸司はいつも明るく皆に笑顔を振りまいている陽気な男である。人当たりもいいのでクラスの人気者だ。 もう一人の幼馴染みである新宮司晴信は、会社の社長の息子だが、それを鼻にかけず紳士的に振る舞う好青年である。成績も良く学校中の憧れの的である。 そんな二人が幼馴染みであることを誇りに思う反面、平凡な自分が恥ずかしくなることもあった昭博だったが、二人も自分に平等に接してくれているため、安心している。 まあ、そんな自分にも人には言えないある秘密があるのだが――それは友人や家族たちには内緒である。 「僕、卒業したらサーカスに入団したいと思ってるんだ。だからパフォーマンスとか磨いてて……」 「明るい君なら大丈夫ですよ。応援しています」 「ありがとう晴信君!」 談笑の最中、昭博は感じた。邪悪な気配を。この学校に渦巻く悪の心を。 「……こんな時に、困ったなぁ」 「どうしました?」 「いや、ちょっとトイレに行くだけだよ……すぐ戻るから」 「行ってらっしゃーい」 そう、彼には秘密がある。 彼、城川昭博は、悪からこの世を守るヒーローなのだ。 昭博は、ポケットから一枚のトランプを取り出す。それは一人の道化師が描かれたジョーカーのカード。しかしそれは、昭博が悪を浄化する道化師、『浄化悪(ジョーカー)』に返信するために必要なものなのだ。 そして彼は今日もジョーカーとして、悪を浄化する。世界の平和を守るために。 「ジョーカー・チェンジ!」 END