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Jin(鬼頭ジン)
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OGREISM HERO(前編)

 それは、遥か先の未来の物語――

 地球に、突如謎の物体が宇宙から飛来する。それは、人間とも動物とも全く異なった姿の――まさしく異形の者と形容できる、そんな生物達が封じられたものだった。

 「それ」は地球に到着するなり封印されていた生物達を解き放ち、人類を危機に陥れた。

 その生物達は、この地球を支配するためにやってきたと宣言しそれをまさしく数年で有言実行してみせることになる。

 それは人間が空想していた「怪物」と呼ばれる架空の存在によく似た生物であり、それに違わぬ力と凶暴性で瞬く間に人類の脅威となった。

 当時は地球上に数億人も存在していた人間達は、怪物達に蹂躙され着々とその数を減らしていきいつしかその人々を脅かすその存在は「怪人」と呼ばれ、恐れられるようになる。


 それから年月が流れ、人間は怪人が支配する最悪の未来を変えるべく、怪人に対抗する術を研究しはじめるようになった。

 テレビの中の作り話――人類を脅かす脅威を退ける正義の味方、ヒーロー。その夢のような存在だった者を人類は作り上げようとしたのだ。政府は『ヒーロー育成プロジェクト』と称して素質のある人間達をヒーローとして教育することに決定し、怪人に対抗できる武器や装備の開発も開始された。

 人類は努力の甲斐あって、何人かの“ヒーロー”を育成することに成功する。しかしそのコストは莫大なものであり、そう簡単には数を増やすことができずにいた。

 だがヒーローはその力を最大限に発揮し、いくつかの怪人を倒していく。その実数は少ないものの、人類は怪人に対抗できる術をとりあえずはだが手に入れたのだった。

 しかし、怪人達もそんなヒーロー達の活躍を黙ってはいなかった。


「わかった、そいつの弱点はそこだレッド!」

「よし、いくぜぇ!」


 人気のない廃墟で、赤と青のボディスーツを見に纏った青年が二人、怪人と対峙していた。

 都内では今日も今日とて地球を支配するべく怪人が跋扈している。そんな怪人と日夜戦っているのがこの彼たち、レッドサンシャインブルーフルムーンである。

 レッドサンシャインこと砥場野太陽(とばの たいよう)は、普段はラグビー部の主将で、『一度決めたことは最後までやり抜く』が信条の熱血漢である。自分も世界のために役に立ちたいという理由でプロジェクトに参加し今では向かうところ敵なしのエースヒーローにまで成長した。

 対するブルーフルムーンこと小西睦月(こにし むつき)。彼はサンシャインとは対照的に常に冷静で爽やかな雰囲気を持った男であった。都内でもその名を知らぬ事なしと言われる名門校にトップクラスの成績で入学しその学校で生徒会長とヒーローを兼任している。自分の知識と可能性を活かして世の中に貢献したいという理由でプロジェクトに参加し、今や太陽と並ぶエースヒーローの座を勝ち取った。

 炎の力で相手を圧倒するサンシャイン、怪人を分析し弱点を見つけ出しサンシャインのサポートをするフルムーン。この二人のコンビは今日本で活躍しているヒーローの中でも最強格と言われているほどの逸材であった。


「おし、今日もいっちょ上がり!」

「油断するな。敵はまだこの近くに潜んでいるかもしれないんだ」

「わーってるよ、フルムーンも少しは肩の力抜かないと勝てる相手も勝てなくなるぜ?」

「お前が抜きすぎなんだ」


 言い争いはするものの、二人は中々いいコンビだと自他共に評判だった(“自”は主に太陽だが)。しかし、そんな二人に史上最高の危機が訪れようとしていた――




 ――あくる日の朝。それは突然やってきた。


『山岳と森林の双方にて同時に”怪人“が出現! 今すぐに現場へヒーローを派遣されたし! 繰り返す。山岳と森林の双方――』


 いつもは一ヶ所に出現していたはずの怪人が今日は二ヶ所に出現したのだった。当然ながら戦力を二つに割かねばならず、どちらにどのヒーローを派遣するかの緊急会議が行われていた。


「時は一刻を要する。直ちに希望の場所を宣言されたし!」


 司令官の号令が基地内に響き渡る。サンシャインとフルムーンは、はじめは二人一緒に向かう予定であったのだが、お互い別々の場所に行き情報を共有した方が良いだろうと睦月が提案したため、サンシャインは森林、フルムーンは神社へ向かうこととなった。


「じゃ、無事で戻ってこいよ」

「こっちのセリフだ。まあ、お前なら可能だと信じている」


 二人は少しの言葉をかけ合うと、それぞれの現場へと向かっていった。



  ◆



 フルムーンは目的の山へと到着した。そのキャンプ場だった場所では既に他のヒーローと怪人の部下である戦闘員が激しい戦闘を行なっていた。


「オニ、オニー!」

「くっ、こいつら数が多いっ! とても怪人のとこへなど行けん!」


 一枚だけの虎柄の布を腰に巻いている小さな赤鬼の姿をした戦闘員が、体の何倍もの大きさの金棒をヒーローに向けて振り回している。ヒーロー達も冷静に対処するがなかなかの数を有しており、防戦一方の様子であった。


「小さいくせになんてバカ力だ!」


 見た目は小さな子供のようだがその力は普通の成人人間を遥かに凌ぐパワーを持っており、それか何十人も密集しているのだからさすがのヒーローも手に負えないでいた。


「……すまないが、お前達はそのまま戦闘を続けてくれ。俺は単体で怪人を叩く!」

「無茶だフルムーン! 君は後方支援には長けているが、戦闘ではその力を最大限に発揮できないはず……!」

「俺をみくびるな。戦闘員を見る限り、相手は力と数で押すタイプのようだ。ならばその親玉も戦闘員に似て単細胞だと、そのくらいは推測できる。それならば俺一人でもどうにでもなるはずだ」

「それでも、まずは戦況を落ち着かせてから……!」

「つべこべ抜かすな。お前達は戦闘に集中しろ。親玉を叩けば敵の士気も大幅に減少するだろう」

「あっ、おい!」


 そう言うと、フルムーンはヒーローや戦闘員の間をいとも容易く潜り抜け、奥へ奥へと走っていった。他のヒーローが声をかける頃には、フルムーンはすでにその場からいなくなっていた。


「心配だ……あの人、冷静なように見えて自分意見は曲げない頑固なとこがあるからな……」

「オニィー!」

「くっ!」

「独り言をしている暇があるなら敵を倒せ! 次の敵が来るぞ!」

「わかった!」


 戦闘員は際限なく増えていく。ヒーローも十人がかりで応戦しているが、どうにも戦局は拮抗するばかりだった。



「どこだ、敵の親玉は」


 フルムーンは一人広い山の奥地を走り回っていた。この近くに根源である怪人がいるはずなのだ。そこで彼は考える。相手が出てこないならば、逆に出てくる場所を見つければいいと。


(まずは身を隠すか。おそらく奴はヒーローを倒すために戦闘員をさらにけしかけるはず。ならば戦闘員自身に奴の居場所を教えてもらえばいい)


 フルムーンはヒーロースーツの迷彩機能を利用して近くの草叢に身を隠すと、辺りをじっと見つめる。ただその場が動くのを虎視眈々と見守る。


「索敵モード、オン」


 マスク内のモニターを切り替え、敵の正確な位置を確認する準備に入る。しばらくの時間が経った時、向こう側から黒い影が走っていくのをフルムーンは確かに目にした。


(戦闘員! 間違いない、奴はこの奥だ!)


 フルムーンは敵の位置を確認したや否や草叢から音もなく飛び出し、戦闘員を奇襲にかかる。


「はっ!」

「オニィー!?」


 フルムーンは自らの武器、月光刀により戦闘員を薙ぎ払う。そのまま戦闘員がやってきた方向へとただひたすら走る。その途中で出くわした戦闘員も月光刀で一刀両断する。


(ここまでは予定通り……さて、本当に奴はいるのか……これが罠で俺らヒーローを戦闘員を餌におびき出す可能性もあり得る……警戒を怠らないに越したことはないな)


 走りながら月光刀をすぐに全力で振れる位置に構え直す。その瞬間、下品な笑い声が辺り一面に響き渡った。


「グハハハハハハハハッ!」

「……貴様か。怪人の親玉は」


 フルムーンの予想は的中していた。そこには、明らかに先の戦闘員とは大きさもオーラも違う者がいた。戦闘員と同じく真っ赤な体に二本の角、そして一枚の腰布だけが股間を隠している。

 それこそが、今回神社に現れた怪人『赤鬼』であった。

 怪人は、本来人間の間に受け継がれていた空想上の生き物によく似た姿であることが多いのだが、今回の怪人も例外ではなく、日本で語り継がれている地獄の生き物によく似ている。


(今度は鬼か。しかし妙だ。怪人はやけに俺達がよく知る生物を模している場合が多い。まるで、俺達の頭の中を具現化しているような……)

「ヒーロー様がこんなに早くやってくるとはなぁ。戦闘員はどうした?」

「……そんな事、お前達怪人に説明する必要はない」


 ある考えを巡らせていたフルムーンだが、赤鬼の声により戦闘態勢に入る。刀の刃を怪人に向けると、相手の出方を伺うように構える。


「そうかい。ならくたばりやがれぇ!」


 赤鬼はフルムーンの挑発を受けやかましい声をあげながら向かっていく。大きい図体のせいか動きは遅いが、ベテランのヒーローでも気圧されてしまうような威圧感、力そのものの塊が向かってきている。しかしそれでも彼は冷静だった。


「解析モード、オン」


 フルムーンはモニターのモードを切り替え、怪人の特徴を解析する準備に入る。しかしその間にも赤鬼はこっちにやってきている。赤鬼の持っていた金棒が、フルムーンの頭に向かって振りかぶられた。


「むっ!?」


 しかし、赤鬼の攻撃がフルムーンに届くことはなかった。フルムーンの能力の一つ、超スピードによる高速移動により、フルムーンは赤鬼の攻撃を回避した。動きの遅い赤鬼ではその能力を持つ彼には攻撃は一切届かない。


「そんな攻撃では、俺には指一本触れられないな」

「グゥ……猪口才な……!」


 それから、赤鬼は何度もフルムーンを攻撃したものの、フルムーンはそれを全て躱し赤鬼を翻弄する。しかし何度回避しても赤鬼は一切の疲れを見せる事なくフルムーンに向かっていく。


「儂を疲れさせようとしても無駄だぞ。儂は鬼。無限のエネルギーと膨大な力を持つ。ただ躱してるだけじゃあ、いつかは儂の金棒で潰されるだけだぞぉ?」

「……戯言はそれだけか」


 そう言いながら依然として赤鬼の攻撃を回避し続けるフルムーン。しかし当然ながらただ回避しているだけではなかった。彼は待っていたのだ。怪人の解析が終わるのを。


(いつもはサンシャインの仕事なんだがな……そろそろ見えてきた。奴の特徴)


 フルムーンはモニターのモードをバトル用のものに切り替えると、右手の月光刀を構える。反撃が始まったのだ。


「とうとう戦う気になったか? しかし無駄だぁ! そんな刀では儂の金棒にポキリと折られるだけよ!」


 赤鬼はフルムーンを刀ごと叩き潰そうと金棒を振り回す。あと数ミリ、フルムーンの顔面に金棒が到達する――そこで彼の姿は消えた。


「何っ!?」


 フルムーンは、赤鬼の背後に立っていた。正確に言えば、足のすぐ先にいたのだ。そしてそのまま刀ごと右足に向かって体当たりを繰り出した。


「うおっ!?」


 その拍子に赤鬼はバランスを崩し、そして大きな音を立てて地面に背中ごと倒れ込んだ。赤鬼の手を離れた金棒は、宙を舞い近くの土に突き刺さる。赤鬼は一瞬何が起きたのか理解できなかった。


(確かにあの怪人は図体は大きいしその体を支えられるよう体幹もしっかりしているようだ。しかし奴は攻撃する時、力任せに金棒振りかぶる。御大層に片足を上げながらな。

 その瞬間を突くことができれば奴のバランスを崩せるはずだと計算したが……こうもあっさり上手くいくとはな)

「ぐっ……」


 フルムーンは怪人が起き上がり体勢を整える前にすぐさま覆いかぶさりマウントを取る。


「そして奴の弱点は、心臓!」


 そのまま胸元目掛けて刀を振りかぶった。そのまま月光刀は赤鬼の胸に突き刺さり、青白い光を放つ。


「ガッ、グアアアアアアアァッ!」


 赤鬼は青い炎を纏いながら燃え小さくなっていく。月光刀の浄化の力により怪人は例外なく消滅する。


「こんな……奴にぃっ……!」


 その捨て台詞が赤鬼の最期の言葉となった。漆黒の燃え滓の上には怪人を倒したヒーローだけが残った。


「呆気なかったな。さて、残りの仕事を終わらせるか」


 フルムーンは踵を返すと今も戦っているであろう他のヒーローの下へと急ぐ。しかし、フルムーンが彼らの下へ戻ることは二度となかった。何故なら――


「っ!?」


 ――怪人は未だ消滅してはいなかったからだ。


「グハハッ、油断したなぁ、ヒーローさんよぉ?」

「まだ生きているだと!? くそっ、どこに行った!」


 フルムーンは赤鬼の声を確かに聞いた。しかし、辺りには怪人の姿も、戦闘員すら存在しない。姿は見えないものの、奴がすぐ近くにいることも確かだった。


「ここだよ、ここ」

「ふざけるな。一体どこへ行ったと……がっ!?」


 その時、フルムーンの体に異変が起こった。心臓が大きく高鳴ると、全身に炎で焼かれるような熱を感じる。それがはじまりだった。


「おっ……俺の、体が!」


 熱とともに、筋肉質ながらもやや痩せ型だったフルムーンの肉体が急激な変化を遂げていく。腕が大きく盛り上がると、そのまま筋肉として発達し肉体の体積をどんどん押し上げる。腕だけではない、脚も、胸も、全てに満遍なく不要なほどの筋肉が付けられていく。


「どっ、どういう……ことっ、グアアッ!」


 スーツがはち切れんばかりに全身の筋肉が盛り上がり、両手の爪は鋭く尖りながら長く伸びる。もはやフルムーン――小西睦月の面影は全くといってなかった。彼の脳は、困惑とともにある一つの可能性を導いていた。その考察は彼にとって一番最悪のパターンだったが、どうしてもその可能性が頭から離れなかった。


「ま、まさかっ……! お前……」

『そうさ。儂はお前の中にいるのさ』


 そしてその可能性は的中していた。変化したフルムーンの肉体は、あの赤鬼の姿をした怪人そのものになりつつあるのだ。倒したはずの赤鬼が自分の中で自分に話し掛けている。それだけで怪人が自分の肉体を支配しようとしているのだと、一瞬で理解できた。


『お前、頭がいいみてぇだが一つ分からなかったことがあったぜ。それは儂が人間の体を引き継いで生き存えてる怪人ってことだ』

「ぐっ、つ、次の依代は、俺ということか……! しかしっ……」


 確かに肉体は変化を続けている。しかし、フルムーンはヒーローになるため様々な研鑽を行なってきた。肉体強化や戦闘の方法は勿論のこと、一般市民の救助や精神強化に至るまで。当然ながら精神を汚染しにくる怪人は存在し、そのための対策も独自のメンタルトレーニングとして行われている。だからこそ、自分が体を乗っ取られるはずなどないとフルムーンは心から思った。そしてそれこそが精神の中を侵食しようとする怪人を退けるために大切な事なのだから。


(怪人が精神を侵食してきた時の対処法。それは自我を失わない事だ。自分の記憶、自分の使命。それをしっかりと反芻し常に自覚することで、自我を増幅させ怪人の邪悪な精神を追い出す。

 以前俺を洗脳しようとした怪人に似たような事をされたがきっと今度も上手くいくだろう。何故なら悪が勝つはずなどないのだから)


 こんな状況に於かれてもフルムーンは心を乱す事なく冷静に状況を把握し対処に努めようとする。しかし赤鬼はそんな彼を嘲笑うかのようにフルムーンの頭の中でただ下品に笑い続けていた。


『ギヒヒヒヒ……』

「何が可笑しい……惑わせようとしたって無駄だぞ」

『無駄ねぇ……哀れな奴だ。無駄なのはお前の方だとも知らずになぁ……』

「なんだと……! グアアアッ!?」


 フルムーンはこんな状況でも冷静さを失わず常に強気だった。しかしそれでも彼を襲う変化は無慈悲に進行していく。


「身体がっ……く、クソッ! やめっ、うがああああああぁぁぁ!」


 ひとりでにフルムーンの全身から熱気が迸り、湯気となって周りにたち昇る。それに合わせてヒーロースーツの中のフルムーンの肌が燃えるような真紅色になり、さらにバキバキに発達した筋肉の上にムッチリとした弾力のある脂肪が乗せられ鬼としての身体を完成させていく。


『そら、そろそろ完全に“儂”になるぞ』

「が、があっ! やめろ、顔がっ、俺の顔がっ!」


 フルムーンは顔面を金槌で殴られたような鈍い痛みを感じて、たまらず悲痛な声をあげる。鬼に身体を乗っ取られてはいけない。そう思いながら必死に抵抗していても、肉体が変化する痛みに屈しそうになる。それでも精神の奥底で彼に取り込まれぬよう必死に自我を保とうとする。

 バキバキと痛ましい音とともに頭頂部から二本の角が生え出す。口の中に並んでいた歯も頭と同じように嫌な音をたてながら鍾乳石のような牙へと鋭く尖る。

 地味ながら端正だったフルムーンの顔は、今や角や牙に合わせて厳つく歪みまさしくそれらのパーツが似合う鬼のものへと変貌していた。

 他人が今の彼の姿を見たとしても、彼をヒーロー、ブルーフルムーンだと思う人間はいないだろう。

 今の彼は、ブルーフルムーンのヒーロースーツを身に纏った赤鬼の怪人でしかなかった。そのスーツも膨れ上がった筋肉や脂肪によりはち切れそうになっている。


「こんなことが……俺が怪人になってしまうとは……!

 ……っ、しかしっ、この身体はお前のものにはさせない……! ヒーローとして、お前の思っている通りにはさせん……!」

『この服、窮屈だな。儂には合わん。すぐに一張羅に変えてやろう』

「何だとっ……うああああっ!」


 赤鬼の身体がフルムーンの意思を無視して勝手に動くと指を鳴らし出す。すると瞬く間に彼の着ていた――いや、もはや着られていたと云っても過言ではないヒーロースーツが繊維になって分解されていく。無数の繊維と化したスーツはすべてが彼の下半身に密集していき、新たな衣服を紡ぎ出す。それはあの赤鬼が身に着けていた虎柄の腰布だった。フルムーンは、ヒーローの証だったスーツすら怪人のアイデンティティへと変換されてしまった。もう彼はヒーローですらなくなってしまったのだ。


『これで動きやすくなったな』

「くそっ……よくも……よくも俺のヒーロースーツをっ!」

『いつまでもピイチクパアチク五月蝿い奴だな。まあいい。もうこの身体は儂のものなのだ。これからゆっくりと『出して』しまえばいい』


 鬼の体は欠伸をしながらボリボリと尻を掻く。既に彼は自らの肉体のコントロールすら怪人に奪われていた。身体を完全に変化させられたためだろう。普段なら行わないような動作にフルムーンは屈辱を感じたが、それと同時に赤鬼の発言に何やら引っかかるものを感じていた。


(『出す』とは、何だ……一体何を『出す』というんだ……!?)


 ぎひひ、と鬼は下品な笑いをこみ上げさせほぼ裸の体に唯一身に着けられていた腰布を脱ぎ捨てる。その下の股座には、まるで柑橘のようにたわわに実った巨玉と、それに負けない太く長く、まさに鬼の金棒のような巨根が鎮座していた。人間の頃には毎日丁寧に手入れしていたはずのそれは、まるで数月洗っていないかのような悪臭を漂わせていた。


(ぐっ! 臭っ!?)

『ヘヘ、匂いまでさっきと一緒じゃねェか。久々に依代を変えたが、ここまで上手くいくと興奮してくるぜ……!』


 赤鬼はその顔を卑しくにやつかせながら股間の逸物を撫でる。それに反応してビクリと赤鬼の逸物が跳ね、透明な汁を飛び散らせる。


「あっ!?」


 その瞬間、睦月は頭の中が一瞬ホワイトアウトした。思考が白い火花で塗りつぶされ、何も考えられなくなってしまった。これは、赤鬼の逸物が刺激されたことによる快感だとは即座に理解できたものの、すでに身体のコントロールを奪われた以上快感に堪えることだけしか彼の抵抗する術は存在しなかった。


『大丈夫、お前もすぐ気持ち良くなるさ。ン、じゅるっ……くちゃ……』

「っ……!? お前、何を……!」


 べろりとその分厚い舌で右の掌を舐める赤鬼。逸物がすっぽり収まりそうなその大きな手は赤鬼の唾液に塗れべとべとになった。手からは涎が雫となってぽたりぽたりと落ちる。

 そしてその右手を、そのまま勢いよく亀頭に擦り付けた。


『ぐひっ!』

「あっ! ん、っ、うあああっ! おおっ!」


 その瞬間、睦月は生まれてこの方出したことのないような声をあげた。敏感な先端に温かな唾液まみれの掌が擦れるたびクチュクチュといやらしい音を立てて彼の快感を増幅させる。

 我慢汁と恥垢と唾液が混ざり合い、強烈な臭いを発する。その臭いを嗅ぐたびに、何故か睦月の中の興奮が高まっていく。死ぬ程嫌な臭いのはずなのに、いつまでも嗅いでいたいような、そんな気分に苛まれる。

 彼の逸物も、その興奮に応じてバキバキに隆起する。極太の血管をまるで蛇のように絡ませて快楽の象徴である種子を吐き出す準備にかかる。

 既に彼の頭の中には、自我を保つという考えは存在しなかった。ただ快楽を発散して楽になりたい。そんな淫乱な考えだけが彼の魂を支配していた。そしてその願いはすぐに叶えられることになる。


「うああああっ! はあっ!」


 ビュビュ! ビュルリ! と真っ白な精液が鬼の金棒から勢いよく飛び出た。それは人間が一度に出す量よりも数倍多く、数倍濃厚だった。

 その瞬間、睦月は自分の中に存在した大切なものが失われたような感覚に陥っていた。


『はぁ……はぁ……』

「どうだ? 鬼の射精は。人間の何倍も気持ち良かっただろ?」

『ああ……いや、違う! 俺は! ……俺は?』


 その時睦月は何か大切なことを言おうとしていたはずなのに、何も口にすることができなかった。それどころか、発しようとした言葉が何だったのかが全く思い出せなかったのだ。それは人生の次に大切なもののはずだったのに、まるで白いインクを記憶の中の黒いインクの上にぶち撒けられてしまったかのようだった。


『ギヒッ、お前の大切なモンはその汁とともに溶けちまったみたいだぜェ? ま、お前の一番の記憶はまだ残してあるがな。色々使いたいこともあるしよ』


 赤鬼は何もなかったかのようにドスドスと大きな足音を踏みしめると、ヒーロー達が戦っているキャンプ場へと向かっていった。何故なら、赤鬼には彼らがそこにいると知っていたからだ。その記憶は、彼の持ち主だった者が持っていたものだった。


(なんだ……頭がふわふわして……何も思い出せない……何か大切なものを忘れているような……そこへ行ってはいけないはずなのに……嫌だ、行きたくない……)



  ◆



「ここか」


 赤鬼はヒーローと赤鬼戦闘員が戦っているキャンプ場へとやってきていた。ここで大量のヒーローが戦闘員と乱戦になっていること。自分の所へやってきたヒーローはフルムーンだけだということは、フルムーンの保持していた記憶が教えてくれた。それと同時に、赤鬼は頭の中で困惑しているフルムーンの精神の声を聞きながら、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべていた。


「何かと思えば、お前ら儂の可愛い子分どもを随分とかわいがってくれたじゃねぇか」

「なっ、怪人! じゃあ、フルムーンは……!」

「さぁ、どうなっただろうな?」

「貴様ぁ! フルムーンをどうした!」


 そこへ戻ってきたのは怪人を倒そうと単騎向かったヒーローではなく、怪人本人だった。その事実にヒーロー達は困惑、混乱、狼狽、怒り――様々な反応を見せる。そんなヒーローを笑いながら眺めつつ、赤鬼は徐に自らの逸物をぐっと掴んだ。


(んっ……お、お前何を……)

「お前ら、そこで動けねぇように押さえつけとけ」


 戦闘員は赤鬼の言うがままヒーローを拘束にかかる。普段ならば容易に抵抗できたはずのヒーロー達は、エースの消失を目の当たりにし充分に戦力が出せずに次々と戦闘員に取り押さえられていった。

 その間に赤鬼は勢い良く逸物を激しく擦り上げる。先程大量に射精し萎えていたはずの逸物は瞬く間に勃起しだし、ふたたびグロテスクな血管を張り巡らせていた。


「喜べ。『お前』を最も儂らに貢献する方法で使わせてやろう」

(ぐっ、ふっ、ふぅ、お前何をする気だっ、やめろっ、やめてくれぇ!)

「お前ら、戦闘員がどうやって出来るか知ってるか?」

「そんなもん知らねえよ! 俺らをどうするつもりなんだ!」

「教えてやるよ、その身を以てなぁ!」


 その叫び声とともに赤鬼の逸物からふたたび大量の精液が発射された。その白濁は天高く昇り、そのままシャワーのように辺り一面に降り注いでいった。


「うわっ、何だこれは……がっ!?」

「こいつ、どういうつもりっ……うぐっ!」


 鬼の精液を浴びたヒーロー達が一斉に変化を遂げる。精液が付着したところから肌の色が真っ赤に染まり、筋肉が発達する。


「うおおっ!? おっ、俺の体が!」


 頭から角が生え、歯は鋭い牙へ生え変わっていき、手足の爪は鋭く伸びる。先程のフルムーンと同じような変化だったがひとつだけ違うところがあった。


「あ、ああっ……ち、縮んでく! 手が……足も!」

「こ、子供にっ!? いや、これは!」


 肉体がみるみるうちに縮んでいき、子供同然の身体へと変わっていく。発達した筋肉はそのままに身体の縮尺だけが小さくなっていく。それはまるで、自らを拘束している赤鬼のような姿に。


「オニ、やめろオニ! オニはっ、戦闘員なんかオニ、なりオニないオニ、オニー!」


 姿がほぼ完全に変化を終えた頃、口にする言葉に『オニ』という単語が混じり始める。それと同時にヒーロースーツの中の彼らの逸物がひとりでに勃起をはじめた。彼らの中には一気に湧き出る快感とともに、何か得体の知れないドス黒い『モノ』がこみ上げていた。


「オニッ、オニの、チンオニッ、オニるっ、イッちゃオニィイィィ!!」


 甲高い断末魔と共にヒーロー達はスーツ越しに立て続けに射精する。それと同時にヒーロースーツが分解され赤鬼戦闘員の一張羅とも云うべき衣服、虎柄の腰布へと変わり、ヒーロー――否、新たな戦闘員達の腰に巻かれる。

 彼らが身に付けていた武器も、ぐにゃりと形を変えると黒く頑強な金棒へと変化を遂げた。


「オニー!」

「オニー!」

「オニィー!」


 戦闘員へと変化したヒーローは何事もなかったかのように甲高い声で金棒を天高く掲げた。自らの主人への忠誠を誓うかのように。


『あ、ああ……なんてことを……』

「他人事のように言ったんじゃねぇ。これはまだお前の精液だぜ。儂の精液はもっと濃いからな。つまり、こいつらはお前が戦闘員にしたのと同じようなもんなんだぜ?

 こいつらがこうなったのは、お前のせいだ」

『これは……俺の、せい……? そんなはず、ない……だって……俺は大切なものを守りたかっただけなのに……でも……みんな、ごめん……俺は……

 ……もう、何も……考えられない……』


 その時、赤鬼の脳内でずっとけたたましく鳴り響いていた青色のノイズが完全に消えたのを感じた。自分が仲間を戦闘員に堕としたという事実によって睦月の自我は完全に消滅してしまった。こうして赤鬼は名実共にこの小西睦月の肉体を完全に掌握したのだった。


「やっと消えたか。手間かけさせやがって。しかしまだお前には利用価値がある。お前の魂はまだ儂の中に留めおいてさせてやる。

 ま、来たるべき時が来たら全部出してやるさ。その間まで儂の中で悠久の快楽を悦しむんだな。グハハハハハハァ!」


 赤鬼は笑いながら戦闘員とともに山を去っていく。再び人間を支配するために。



  ◆



「どこだ! 来るなら出て来い!」

「ヒーローか……お前も、私の”コレクション“に加えさせてやろう……ククククク……」


 そして森林では、もう一人のヒーローが怪人によってその人生を終えようとしていた――



 後編へ続く


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