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茶柱たべたべ
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やしきずが女装を笹木に見つかるだけ 表

 バレなきゃイカサマじゃない。バレなきゃ犯罪じゃない。  社築は今日、ここに『バレなきゃ女装じゃない』という文言を、新しく加えようと思った。 「うーむ、こんなに似合わないことってあんのか」  姿見に映る自分を見て、嘆くでも自嘲するでもなく、感心してしまう。鏡の中の社は、上半身こそいつもと同じ水色のワイシャツを着ているが、下半身に纏っていたのはスカートとニーハイだった。  それが、恐ろしいほど似合っていなかった。  彼の体はゴリラとはいかないまでも引き締まっており、太腿もふくらはぎもしっかり筋肉がついている。  そんなのがスカートから覗き、ニーハイからはみ出ているのだから、これはもう一大事である。萌え文化への挑戦、カワイイの蹂躙、清楚に対するトラトラトラだ。八百万の神々に、これらキュートな衣類へおわします新参者がいるならば、どうあがいたって社には天罰が下るだろう。  同僚の姿を思い浮かべる。見知った顔、顔、顔。ありとあらゆる彼や彼が、頭の中でスカートを穿いていく。  例えば、葛葉。透き通るような白い肌、細い四肢、深紅の瞳。四方八方対応の美形な彼が女装したならば、かなり見れるものに仕上がるだろう。案外セーラー服なんかが似合うかもしれない。  例えば、加賀美ハヤト。身長こそ社より2センチ高いが、それでも光の散るが如き端整な顔立ちは、修道服のような気品の感じられる装いが映えるだろう。  そして何より、花畑チャイカ。平時よりメイド服を纏う彼は、社よりもややゴリラに近いが、その髪型や怪しげなメイクも相まって、不思議とスカートが似合っている。堂に入っているというべきか。  それに比べ、自分はどうであろう。短い黒髪に色気のない死んだ目、がっしりとした手足。スカートもニーハイも親の仇だ。予想していたよりもだいぶ悪い。チャイカですらあそこまで着こなすのだし、自分だってどうにでもなると高をくくっていたのだが。  社は鏡を見ながら、溜め息を吐いた。  女装に興味が湧いたのはいつのことだったか。恐らくは、自分の上半身が本間ひまわりの下半身と合体した驚天動地コラ画像を前にした時だろう。  ひとしきり爆笑してから、少しばかり引っ掛かりを感じた。  スカートを穿いている自分の姿を見て、変な気持ちになった。  決して、性的興奮を覚えたわけではない。ただ、男である自分が女の服を纏うという、普段からは考えられない一枚絵を前に、好奇心を掻き立てられたのだ。  しかし、すぐに女物の服を買い込みはしなかった。そこまでのモチベーションはなかったのだ。  良くも悪くも興味本位で、社にはそれ以外にもゲームや漫画、Vtuber活動など、気に掛けることが沢山あった。女装は瞬く間に優先順位の底に落ち、ふっと思い出しては、申し訳程度にパソコンで調べる程度の関心事になった。  そんなこんなで、衝撃画像との邂逅から随分と時間が経ち、ここ最近のことである。  チャイカが遊びに来た。  一緒にゲームをしたりカレーを食べたり「死んだんじゃないの~」したりして、何やかんやで風呂を貸すことになった。  最初から泊まる予定だったので、寝間着も次の日の服も用意していたのだが、それが良くなかった。脳味噌がおじいちゃんのチャイカは、脱衣所に服を置き、湯あみをし、パジャマを着て眠り、起きて着替えて帰っていった。  脱衣所に、メイド服一式を忘れて。  それに気付いた頃には、チャイカは既に帰宅した後だった。彼の経営するバーまで持っていこうかと思ったが、「今度遊びに行くときに返してもらうわ」との連絡が入った。  そんなこんなで、手元にスカートやらニーハイやらが残った。  暮れて久しい女装への興味が、ふっと鎌首をもたげた。  一体、俺はどんな風に仕上がるのだろう。あの衝撃画像では、下半身がひまわりであったこともあり、足だけは真っ当であった。そのせいで全体像がいっそうクリーチャー然としていた事実は、ここでは墓地に置いておく。とにもかくにも、自分の男の脚がニーハイやスカートとどう馴染んでいくのか、気になった。楽しみでもあった。  そして、社は押入れから姿見を出して、テレビルームの一室に置いた。脱衣所の鏡は面積が小さく、全体像が映せないのだった。そして意気揚々と下半身だけ女装をし、姿見の前に立ったのだ。  その結果が、これである。 「何が悪いんだろう。メイクか? さすがにすっぴんじゃあキツイかな、やっぱ」  ぶつくさと独り言を呟きつつ、スカートの裾を抓んでみる。自前のボクサーパンツが覗く。欠片も嬉しくないパンチラである。  メイク道具でも揃えれば話が違ってくるのだろうが、そこまでする気は失せていた。想像より似合っていない女装を前に、モチベーションはだだ下がりである。これ以上突き詰める気にはならなかった。  ふっと、恥ずかしさがこみ上げた。  抜群に似合わない。それはいい。しかし、それ以上によもや似合うのではないかと、少しでも思っていた自分自身が恥ずかしい。  社は話題作りや、ウケ狙いで女装したのではない。女装したいから女装したのだ。女装は手段ではなく目的なのだ。問題は、その目的が間違っていたということである。 「うーん。……飲み友相手に、嬉々として語る話題でもねえし。……胸の中に閉まっとくか」  バレなきゃ女装じゃない。すぐここでスカートやニーハイを脱げば、この惨憺たる装いもなかったことになるだろう。誰かに見られさえしなければ、姿見の前での大敗北も、泡のように跡形もなく消える。  溜息を一つ吐き、だらだらとスカートに手を掛けた時だった。  ガチャリと、ドアが開いた。  社は生誕以来この上ないほど顎をあんぐりさせた。  テレビルームは玄関と直接つながっており、だからこそドアから入ってきた人物は、今現在の彼の痴態を余すことなく見れるのだ。  その人物が、たとえば宅配業者なら良かった。新聞配達だとか、NHKの集金とか、何なら強盗の類でも良かった。  知り合い以外であれば誰でも良かった。  良かったのだが。 「やしきずー。遊びに来たやよー」  社は生誕以来この上ないほど顎をあんぐりさせた。絶望で。  ドアを開けて入ってきたのは、女装している時に最も会いたくない人間ナンバー1の笹木咲であった。  笹木の容姿は、社から見ても正直なところ可愛らしい。桜色の猫っ毛、ほんのりと朱の差した肌、濃ゆいピンクの大きな瞳。ややちんちくりんのきらいはあるが、まあそれも愛嬌である。  しかしながら中身はといえば、煽り全一のド腐れパンダだ。畜生道を繰り返し潜らせたような性根を誇り、人に弄れる箇所を見つければ血が滲むほど擦り続ける。一度なめ腐った相手は末永くなめ腐る、揺り籠から墓場までの悪童。それが笹木なのだ。  そんな輩に女装を見られると、何が起こるのだろうか。  一応、彼女はクソガキではあるものの、人が本気で傷つく行動を取るようなやつではない。少なくとも社は、笹木との長い付き合いの中で、そう理解している。だから、のっぴきならぬ事情がある相手であれば、女装だって当然のように受け入れるだろう。  しかし、社の場合は違う。性自認の不一致によるものでも、確固たる信念や主張によるものでもない、興味本位の女装なのだ。  もしも自分と同じ動機から知り合いが女装し、その結果が自分と同じくらい惨憺たるものならば、社は爆笑してしまう自信があった。  社は咄嗟に姿見の後ろへ隠れた。笹木がドアを開けた瞬間、視線を別のところに寄越していたなら、自分の女装には気付いていない可能性もある。彼はその希望的観測に賭けた。 「さ、笹木お前っ! 突然ドア開けんじゃねえよ! てか、何しに来やがった!」 「何って……やしきず、今日と明日が奇跡的に休みなんやろ? 一緒にゲームの特訓でもしようと思ってな」 「いや……アポ取れよ……」  思わずそんな声を漏らせば、笹木が姿見越しに胸を張るのが見えた。 「はーん! 陰キャが生意気抜かすな! アポっていうのは、予定がみっしり詰まってる陽キャが、無理くり別の用事を入れる時に必要なもんや。やしきずみたいな暇人には無縁やよー」  散々な言いようである。囲碁辺りでコテンパンに教育してやりたい欲求がムクムク湧いてきたが、同時に少し安堵もした。女装について弄ってこなかったからだ。もしも笹木が社のスカートやらニーハイやらを認識していたならば、きっとその良く回る舌をフル稼働させて、あらゆる罵詈雑言を捲し立てるだろう。  問題は笹木の目をかいくぐり、どうやってズボンに履き替えるかだ。そんなことを考える社を尻目に、彼女はぺらぺらと続けた。 「元はと言えば、やしきずが昨日の配信で『明日と明後日は久々の休みだし、漫画とゲームに埋もれるぜ!』って息巻いとったのが悪いんやよ。そんなん遠まわしに凸してくれって言ってるようなもんじゃん」 「お前なあ。良識ある人間は凸待ち配信ぐらいにしか凸しねえんだよ。そうじゃない場合の凸は国家権力による然るべき令状を必要とすんの」  姿見の裏から返答する。その間にも視線は周囲に向けられていた。ズボンは脱衣所にある。であれば、そこに到達するためのルートが必要だ。社は笹木の位置を鏡越しに確認する。あの位置に彼女がいたのでは、その視野から逃れる安全圏は絶無だ。 「ま、まあいいや。おい、笹木。アポなしで遊びに来たのは不問にしてやるから、まず手を洗ってこい。こんなご時世だしな。俺その間に、脱衣所行ってくるから」  手洗い場に行けば、テレビルームに置いてあるこの姿見周辺は、完全な死角になる。あとは蛇口から水音がしてる間に、脱衣所に行って着替えればいい。完璧な作戦である。  しかし、笹木は怪訝そうな顔で首を捻った。 「脱衣所? 何で?」 「いや……その、今パジャマだからさ。一応、お前は客人だろう。招かれざるとはいえ客を前にするなら、ちゃんとした服着たいんだよ」 「ふぅん……」  笹木は少し黙った。その沈黙が少々怖く、社は僅かに汗をにじませた。 「分かった。じゃあ、手ぇ洗ってくるわ」  だが、彼女はあっけらかんとそう言うと、すたすたと手洗い場に歩いていった。数瞬遅れて、蛇口から水が出る音が聞こえてくる。  好機。  社は意を決して、姿見から脱衣所の方へと歩き出した。 「あ、そうそう」  ぐぎぎ、と首の軋む音が聞こえた。それは社自身から鳴り響く音だった。まるで錆びた歯車を動かすような重苦しさで、彼は首を回した。声のした方に目を向けた。  笹木が八重歯を覗かせて、笑っていた。 「やしきずのパジャマって、随分可愛らしいんやね」  何故、ここにいる。手洗いはどうした。  視線を動かすと、蛇口から水の溢れるのが見えた。つまり、彼女は蛇口をひねって水を出してから、すぐにこの場へと移動したということだ。  それは何故か。  決まっている。バレていたのだ、最初から。  俺は泳がされていたのかと、社はまるでフリーキックを外したサッカー選手のように空を仰ぎ、目を瞑った。 「……いいだろう。……殺せ」 「いや、何言っとるんやこの陰キャは。そんなに絶望することないやろ」 「絶望以外にねぇよこんな状況。もし俺にソウルジェムがあったら速攻濁りきってるわ」 「や、やしきず……! まさかお前、魔法少女だったん!?」 「いや、このスカートはそういうんじゃなくて……ん?」  社はそこで、あることに気付いた。 「笹木……お前、何でそんなに受け入れてんの?」 「え? どういうことや?」  笹木は小首を傾げた。彼女にしては珍しい、邪気のない素振りである。 「いや……その。なんかいつものように、血も涙もない煽りをぶちかまされると思ってたから、意外でさ」  正直に思ったことを言ってみれば、笹木は快活に笑った。 「あはは、流石のうちもそんなことはせんやよ。今のご時世、女装なんて恥じらうことでも何でもない。どうぶつの森でも自由にスカートが履けるやろ? だからうちは社がスカート履いてようがニーソ履いてようが、何とも思わんやよ。というか、チャイカもおるのに何を今さらって感じやんね」 「さ、笹木……」  驚いた。良識のある奴だとは思っていたが、まさかそこまで女装に対して広い器をもっていたとは。社は笹木に対する認識を改める必要があると思った。彼女にとって囲碁将棋部は恥じることであっても、スカートやニーハイを着こなすことは恥じることではないのだ。 「そ、そうだよな。いや、お前が正しいよ。うん、女装は恥ずべきことじゃない。……でも、俺は一旦着替えるわ。似合ってねえし」  そうして社が、そそくさと脱衣所の方へ引っ込もうとした、その時である。  カシャリ。 「……笹木?」 「んー? なにー?」 「お前……今、何したの?」 「写真撮った。やしきずの女装姿」 「……何のために?」  笹木はスマートフォンをこちらに向けながら、晴れ晴れとした笑顔を浮かべた。 「ド葛本社の皆に見せびらかすんやで」 「笹木ぃぃぃぃ!? え!? マジで言ってんの!? お前、煽んねぇって言ってたじゃん!」 「煽ってないやん。うちは社が女装してるの、恥ずかしいとは思わんよ? でも、それはそれとして家族会議が見たいんや。後生やよ~」 「お前人間かマジで!?」  もう駄目だ、おしまいだぁとばかりに社は蹲った。走馬灯のように、楽しかった日々が蘇る。勇者に部屋を漁られたこと。胸を持っていかれた錬金術師のメス声をマイリストしたこと。チャイカにレバガチャダイパンをぶんどられたこと。ろくな思い出がドロップしないので、社は考えるのをやめた。  一方の笹木はというと、悪代官もかくやの汚い笑いを浮かべていた。 「ぐっへっへ~。いやはや、楽しみやんねー。今回は何度やしきずの『違うんだよ』を聞けるやろか」  こんなにも恐ろしいパーソナリティーの持ち主が、人間界に存在していていいのだろうか。ファイヤードレイクより吸血鬼より化け物然とした精神性に、社は震えることしかできない 「まあ、でも」  そこで笹木は、突然明るい声を出した。 「うちにも仏心はあるやよ。やしきずが誠意を見せてくれれば、この写真はうちのスマホの中だけでひっそりと一生を終えるやんね」  誠意。  社は落ち着いて、今の自分の財布の中身を思い返す。バーチャル福沢諭吉が1人ぐらい枠を取っていた気がする。ここは一つ、この人面獣心女子高生に、大人の力を教育してやらねばなるまい。 「あ、勘違いせんでな。ここでの誠意は金額やないで」  そそくさと胸ポケットにある財布を取り出そうとする彼を、しかし笹木は止めた。どういうことだろう。社は訝しげに彼女を見た。 「……じゃあ、何をすればいいんだ」 「簡単やよ。今日は1日、その恰好でウチをもてなすこと。それが、条件や」  社は拍子抜けしてしまった。一体、どんな無理難題を吹っ掛けられるかと思ったが、蓋を開けてみれば何てことはない。つまり、単なる罰ゲームだ。 要するに、今日はスカートやニーハイを履いたままで、ジュースをお出ししたりゲームしたりしろということだろう。恥ずかしさはあるが、諭吉を彼女の財布へ移籍させるより余程いい。 「……そんぐらいでいいなら、まあ」 「ほんまにぃ? いつもの安請け合いおじさんと違うかぁ?」  いつの間にか目の前まで歩み寄っていた笹木が、疑わしげに見上げてきた。片眉を上げて、少し挑発するような表情だ。腹立たしい態度だと思ったが、それでも社は頷いた。 「男に二言はない。長く苦しい社畜生活で身に着けた接待スキルをご覧じろ」 「へぇー。ほーん。ま、やしきずがそこまで言うなら、もてなされてあげましょう。じゃあ早速……」  早速、何をさせられるのだろう。まあ、恐らくは『ジュースとお菓子を用意しろ』とか、その程度のものなのだろうが。社は笹木が好きそうな甘味が冷蔵庫の中にあったかどうか、思い出そうとして。  次の瞬間、目を見開いた。 「……笹木? ……何、やってんだ?」 「何って、ネクタイ外しとるんよ。やしきず、目が悪いん?」  そう言いながら、笹木は自信の胸でリボンを象るネクタイを、すっかり外してしまった。ほんのわずかに、白い鎖骨が見える。窪みに影の溜まるのが見える。社はとっさに目を逸らした。  だが、彼女の奇行はそれだけにとどまらなかった。 「……え?」  社は自分の両手首に引っ掛かりを感じた。視線を前に向け直せば、もう笹木の姿はなかった。彼女はいつの間にか、彼の後ろに回り込んでいた。そして、  己の赤いネクタイで、社を後ろ手に縛り上げていた。 「え、ちょ。パニック」 「この程度でパニック起こさんといてや」  眼をぱちくりさせる社に対し、笹木は一仕事終えたとばかりに、手をパンパンと叩いた。 「さ、笹木さん。貴方は俺から自由を奪って、いったい何をするおつもりで?」  瞬く間に冷や汗が溢れ落ちてくる。  笹木は悪びれる様子もなく言った。 「撮影会やけど?」  さつえいかい。その音を文字に起こすのに数秒かかった。  数秒後に、社は度肝を抜かれた。 「ささささ撮影会!? この状態の俺を!?」  笹木はこくこくと頷く。 「せやで。でも、これはやしきずのためにもなるんや。やしきず、この前のレバガチャでのチャイカの動き見たやんね?」  どうしてここで、毎週金曜日に絶賛放送中の二人の冠番組『レバガチャダイパン』の話題が出るのか。  社は混乱しながらも、頷く。 「み、見たけど」 「チャイカ、めっちゃおもろい動きするやろ? あれってやっぱり、自分が今どんな姿勢を取っているのか、ちゃんと把握してなきゃ無理やと思うねん」  捲し立てるような笹木に、心の中で首を傾げた。彼女は一体、何が言いたいのだろう。 「そんでな? うちらも面白い動きを、番組に取り入れる必要があると思うんや。声だけじゃなく動きも伝えられるのが、うちらVtuberの強みの一つやろ? 生かさない手はないやんね」 「はぁ……なるほど」  まあ、分からないでもない。実際、この前のレバガチャダイパンでも、チャイカの動きを面白がるコメントが一定数あった。奇妙奇天烈な挙動というのは、それだけで需要があるのだ。ソファの中から出てくるとか。 「でも、それが撮影会とどうつながるんだ?」 「察しの悪い陰キャやなぁ。そんなんだから女心の機微も分からず、いまだに独身なんやよ」 「……すぞ」  社は眼前の小娘を手に掛けてやろうと思ったが、しかし縛られていたので出来なかった。気分はタップ状態である。あるいは召喚酔い。  笹木はやれやれといった具合に、続けた。 「撮影したら、写真を二人で見れるやん」 「……それが?」 「分からんかなぁ。うちがやしきずに面白いポーズさせて、それを写真に収めて、一緒に見る。駄目出ししながら、もっと面白いポーズを研究する。繰り返すうちに、これは! と思えるものが完成するといった寸法やよ」 「……俺が女装してる意味は? 後ろ手を縛った意味は?」 「うちが楽しい」  たわけた小娘である。社は溜め息を吐いた。 (まぁ、でもそういうことなら……)  それでも、彼はどこかホッとしていた。後ろ手に縛られた時はどうなることかと思ったが、話を聞いてみれば全ては冠番組のためらしい。てっきりあられもない姿を撮られて、孫の代まで擦り続けられると思っていた社としては、随分と平和的な決着である。 「……つまりは、この状態のままチャイカの真似すりゃいいんだろ?」   そうであるならば、協力するのもやぶさかではない訳で。 「へっ、余裕だ。あいつとは長い付き合いだからな。何度か一人で、チャイカの抱腹絶倒ムーブを真似してみたこともあるんだぜ」 「一人遊びするやしきずキッショ」 「お前ぶっとばすぞ」  ぶつくさ言いながら、社はひとまず屈伸運動をした。面白いポーズを取るためには体を温める必要がある。チャイカの物まねをして肉離れを起こしたとあっては、それこそ笹木が次の日にも言いふらしかねない。  腕が利かないのは不自由だったが、撮影会が終わるまで笹木は拘束を解いてくれそうにないので、脚や腰だけで体操の真似事をした。  だから、社は気付かなかった。  自分が視線を切って、準備体操に励んでいる間、笹木が小さく舌を出したことを。  その先端で唇をチロリと舐め、薄暗く笑ったことを。


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