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茶柱たべたべ
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ライスシャワーがコチョコチョでトレーナーを蹂躙する話 下

 金曜日のことである。  ライスシャワーはその日、どうにも胸騒ぎがしていた。  一日中、トレーナーがソワソワしていたからだ。  彼の汗には、濃密なストレスの匂いが混ざっていた。 (大丈夫かな、お兄さま)  ライスシャワーがトレーナーをくすぐる主な理由は、彼の身体をまさぐるためだ。指で肌触りを確認し、頭の中に刻みつけるためである。  しかし、自分のコチョコチョが巡り巡って、彼のストレスを減らすのであれば、それに越したことはない。  ライスシャワーにとって、トレーナーは性愛の対象であったが、同時に大切な人でもある。  彼にはいつまでも健康でいてほしいし、幸せでいてほしい。その願いも、本物だ。だからこそ、ライスシャワーは力づくで彼を組み伏せるような真似はしないのだ。  だからこそ、今日のトレーナーの様子は気がかりであった。  自然、足がトレーナー室に向いていた。  深呼吸をして、ドアをノック。返事を確認し、入室する。  トレーナーが、一人で書類作業をしていた。 「お兄さま」 「ん? どうした、ライス」 「今日の、ことなんだけど。……何か、あったの? ストレスの匂いが、凄く、強くなってたけど」 「えっ!?」  トレーナーはどういう訳か、顔を赤くして、それから言った。 「す、すまん。実は、明日の用事が気になっててな。それで、ちょっとその……心乱されてたのかもしれないな」 「明日の用事?」  彼はハッとした。「しまった」という顔だ。  ライスシャワーは、トレーナーが自分に対して何かを隠していると感じた。  心に不定形の嫌なものが膨らんでいく。  彼が自分に対して隠し事をすることは、よくないことだ。  ライスシャワーとトレーナーの間には、三年間で培った濃密な絆がある。  隠し事は、その絆を裏切る行為だ。 「明日、何があるの」  ライスシャワーは小首を傾げて、出来るだけ穏やかな声で言った。口元に微笑さえ浮かべていた。  自分がそういう表情をすれば、そういう声音を遣えば、目の前の愛しい人は安心する。  ライスシャワーは彼の行動パターンを把握していた。  安心すれば、警戒も和らぐものだ。  きっと「ライスになら言ってもいいか」と、そう考えるだろう。  案の定、トレーナーは少しばかり逡巡した。  それから、おずおずと言った。 「じ、実はな。明日、水族館に行くことになってな」 「水族館? ……ライスも行っていい?」 「あ、いや……えっと」  トレーナーは言葉を選んでいるようだった。もにょもにょと不明瞭な声を発してから、彼は言った。 「実は、明日は桐生院トレーナーと行かなきゃなんだ。だから……」  ライスシャワーは理解した。  朝から彼の様子がおかしかった理由についてだ。 (お兄さま、明日、桐生院さんに水族館に付き合わされるんだ。そっか、それはストレスだよね)  桐生院のことを思い出す。  自分のトレーナーにいやらしい視線を向けるあのヒトメス。  彼女と一緒に水族館を回らないといけないのだという。   (もしもライスがお兄さまの立場だったら、ゾッとしちゃう)  あんな卑しい女に、じっとりと視姦されながら休日を潰したくない。  心底、そう思う。 (どうにかして助けなきゃ)  ライスシャワーは意を決して、トレーナーを見た。 「お兄さま? ライスから、桐生院さんに言ってあげようか?」 「え? ……何をだ?」  彼が戸惑いの表情を見せる。ライスシャワーは相手を安心させるよう、優しい笑みをこぼした。 「お兄さまに、つきまとわないでって」 「え?」  トレーナーは目をパチクリさせていた。  きっと、あまりの嬉しさに動揺しているのだろう。それもそうだ。信頼できるウマ娘から、苦手な人間を遠ざけてあげると、提案されたのだから。  ウマ娘の膂力は、人間をはるかに上回る。圧倒的な暴力が振るえるという事実は、実際に暴力を振るわずとも威圧になる。  威圧を十分に含んだ言葉は、絶大な効力を持つ。  きっと桐生院は抵抗するだろうが、その時は少し怖い目を見せてやればいい。  ライスシャワーは心が浮足立つのを感じた。  桐生院を排除できれば、トレーナーは喜ぶだろう。絆はいっそう深まる。  恋仲まで、一歩前進だ。  なのに。 「な、何でだ?」  トレーナーは、怪訝な顔をした。  ライスシャワーは小首を傾げた。 「え? ……だって、お兄さまは桐生院さんのこと、苦手でしょ? 桐生院さんを前にすると、いつも凄く動揺してるよね?」  むわっと、臭いが湧いた。  トレーナーの方からだった。  動揺だ。玉のような汗が滲み出ている。  濃厚な匂いに、ライスシャワーは思わずくらりときてしまいそうになったが、何とか踏ん張った。  そんな彼女に、トレーナーはやけに紅潮した頬を掻きながら、言った。 「あ、いや。……俺が桐生院さんを前に動揺するのは、苦手だからじゃないよ」 「……え?」  ライスシャワーは、自分の中の昂ぶりが全部氷に変わってしまったような気がした。  ぞっとするような悪寒が、全身を舐めた。  とても嫌な予感がした。  反射的に、耳を塞ごうとした。  でも、出来なかった。  塞げば、認めることになる。  今から、彼が紡ぐ言葉が、自分に絶望を与えるものだと。  そんなはずはない。  だって、ライスはお兄さまの愛バだから。  お兄さまと一緒に走って、困難を乗り越えて、皆のヒーローになった凄いウマ娘だから。  お兄さまが、そう言ってくれたんだ。  そんなお兄さまが、ライスにひどいこと言う訳ない。  ライスを裏切る訳ない。  無数の思考。その全てが、彼女の五体を縛りつけた。  信じろ。彼との三年間を信じろ。あり得ない。その三年間が幻想だなんて。  トレーナーは、恥ずかしそうに言葉を紡いだ。 「俺さ。桐生院トレーナーが、好きなんだ」 「あ」  ぶちぶちと、脳味噌が音を立てて引きちぎれていくような気がした。  刃のように冷たい絶望が、五臓六腑をめった刺しにしていくような感覚。  心臓が、肺が、胃が、腸が、肝臓が腎臓が膵臓が卵巣が子宮が、冷たい血の海に溺れて悶えているような感覚。 「あ」  痙攣をおこしたように、切れ切れの声が喉から溢れる。 「ら、ライス? 大丈夫か?」  心配そうな目を、彼が向けてくる。  トレーナーは優しい。どんな時であっても、自分のことを想ってくれる。  この三年間だってそうだった。  桐生院よりも、自分と一緒にいる時間が長かったはずだ。  彼と話した時間も、彼が見てくれた時間も、自分が一番多かったはずだ。  彼はこの三年間、他のどんな存在よりも、自分に対して心を砕き、頭を悩ませてきたはずだ。  そのはずなのだ。  そんな日々が降り積もって、ようやく掴んだ栄光だし、形作られた絆なのだ。  その絆を、あんな女が引きちぎれるはずがない。  お兄さまはあの女を前にしたら汗に動揺を滲ませていた。  それだけあの女が嫌いだった。  ライスがあの女を嫌いであるように、お兄さまもあの女が嫌いだった。  嫌いだった。  嫌いだった。  ライスと同じ思いだった。  俺さ。桐生院トレーナーが、好きなんだ。 「あ。あ。あ。あ。あ。あ゛」  どうして、桐生院さんを選んだの。  どうして、ライスじゃなくて、あんな卑しい女を。  耳が側頭部にあって、尻尾も生えてなくて、力も弱い走るのも遅いお兄さまのために何もしてない女を。  ぎゅるぎゅると、頭蓋骨が音を立てるような気がした。  底なしの深淵を満たすような、底なしの絶望が、ライスシャワーの小さな体に押し込まれた。  その真っ黒な情報量を受け止め切れるほど、彼女は強くなかった。 「あ゛う゛え゛」  瞬間、嘔吐していた。  びちゃびちゃと、トレーナー室に汚い音が響く。すぐに、酸っぱい匂いが立ち昇る。  トレーナーの声が遠い。震えた声。不安そうな声。動揺した声。自分を心配している声。  自分の小さい背をトレーナーの手が触る。  ごぶり、ごぶりと、吐瀉物が喉を通って落ちていく。    ライスシャワーは泣いていた。  自分の中に、こんな汚物が詰まっていることを、トレーナーに知られてしまった。 (ライス、こんなに汚かったんだ)    背中を擦るトレーナーの手が温かい。その熱に縋るように、自分の臓器が蛆虫みたいに蠕動するのを感じる。  そんな自分の身体が、酷く汚れているように思う。 (駄目。駄目だよ、お兄さま。ライスに触らないで。汚れちゃう。お兄さまが汚れちゃう)  トレーナーを汚したくなかった。  汚してしまえば、今まで自分の耐えてきたことが、全て無駄になると思った。  組み伏せなかった。嫐らなかった。犯さなかった。  全部、トレーナーを汚さないためだ。  その一線を引くことで、ライスシャワーは救われていた。  自分は汚くない。少なくとも、あの桐生院よりはマシだ。そう思っていた。  ここで汚してしまえば、もう、終わる。  自分の守ってきた、あるいは、守ってきたと思い込んでいた、全てが。 「う゛ううっ! う゛ううううううっ!!」  ライスシャワーは泣きながら、トレーナー室から逃げていた。  走る。  咳きこみながら走る。  泣きながら走る。  壊れながら走る。  走って。  走って。  すごく、苦しくて。  気持ち悪くて。  吐きそうになって。  視界が霞んで。  そして、倒れた。 (あ、これ、過呼吸だ)  いつかの、春。  メジロマックイーンに勝利した瞬間、無数のため息の幻聴に包まれて、肺が絶望に溺れた。  その時の、症状。  その時と違うのは、彼が抱きしめてくれないこと。  光が、ゆっくりと消えていく。  闇に、落ちる。 「ライスちゃん!」  それを、破る声があった。  女の声だ。  この世で最も憎い女の声。  桐生院葵が、ライスシャワーを抱き留めていた。 「ライスちゃん、大丈夫!? どうしたの!?」  背中を擦りながら、彼女が言った。 (どの口が言うの)  切れ切れの息の隙間に、憎悪が満ちる。  この女を、今すぐにでも殺してやりたいと思う。  だけど。  桐生院の腕は、暖かくて。  桐生院の声は、震えていて。  桐生院の目は、ライスシャワーを真っ直ぐ見つめていた。  敵意はない。   嘲弄もない。  どこまでも澄んで、朝露に揺れる美しい水面のような、誠実な瞳。    綺麗な瞳。 (ああ、良い人なんだ)  すとんと、心臓に杭を打たれたような、敗北感。  まだ、嘲られるなら良かった。  この前のように、刃のような敵意を向けられるなら良かった。  でも、彼女はライスシャワーを心配していた。  その額には汗が浮かび、その瞳は揺れている。頭の中で、ライスシャワーをどうすれば救えるか必死に考えているのが、すぐに分かる表情。  清らかな善性。  きっと、それが桐生院の本性なのだ。  この卑しい女の、本性。正体。  だから、トレーナーは彼女に恋をしたのだろう。  だから、トレーナーは自分を選んでくれなかったのだろう。  想い人を頭の中で凌辱し、恋敵を軽蔑し、その癖いざ敗北したら受け止めきれず嘔吐までした、汚れ切った自分を。 「ライス!!」  背後から、男の人の声がした。  トレーナーの声だった。今にも血を吐きそうなほど、ぜえぜえと荒い息を吐いている。  ウマ娘の疾駆に必死で追いついたのだから、当たり前だろう。  そんなになってまで、それでも、追ってきたのだ。 (ライスを、心配してくれたんだね。お兄さま)  嬉しい。  申し訳ない。  死にたい。 「トレーナー!」 「あ、桐生院さん! すみません、ライスを介抱して下さってたんですか!?」 「いえ、さっき出会ったばかりで……と、とにかくライスちゃんを保健室に!」 「そ、そうですね! ら、ライス! とりあえず、俺の背中に乗れ! そんで、ゆっくり息をしろ! ゆっくりでいいからな! 大丈夫だからな!」  トレーナーの広い背中。  暖かい。  良い匂いがする。  服越しに筋肉を感じる。  想い人の身体の感触。    腹の底が、疼く。 「……ライス? 泣いてるのか?」 「ごめんなさい……汚くてごめんなさい……。お兄さまを……汚しちゃって、ごめんなさい」 「だ、大丈夫だよライス。嘔吐なんて、誰でもするさ。汚くないって。ライスは、汚くないよ」  トレーナーの優しい声が心を撫でる。  彼の脚が保健室を目指して走り出すのが分かる。  桐生院が彼に併走するのが分かる。  その瞳はきっと、綺麗なのだろうと思う。  とても、清らかな二人だった。  とても、汚れた一人だった。  土曜日。  ライスシャワーは、トレーナーの家にいた。  「明日、どこか遊びに行こうか」と聞かれたのが、昨日のことだ。  ライスシャワーが保健室に運ばれ、どうにか過呼吸が収まるまで、彼は付きっきりで看病してくれた。  背中を擦ってくれたし、手を握ってくれた。彼の掌が、泣けてくるほどに温かくて、ようやく落ち着いたのは夕方になってからだ。  そんなライスシャワーを、トレーナーが誘ったのだ。  リフレッシュのためらしい。  ライスシャワーの心に、知らず知らずのうちに負担を掛けていた。だから、それを解消したい。  そんな理由だった。  「良いの?」とだけ、彼女は尋ねた。  本来であれば、その日は桐生院と水族館に行く予定が立てられていた。  想い人との大事なデートだ。  それをなしにしてしまっても良いのか。  暗に、そう尋ねた。  その問いに、トレーナーは頬を掻きながら、口元を引きつらせた。笑顔を見せてるつもりなのだろう。ライスシャワーを安心させるために。  不器用な笑みを浮かべ、彼は「ライスより大事なもんなんて、あるもんか」と言った。  そう言われたのが、嬉しくて。  でも、それはきっと恋人や想い人に向ける『大事』とは異なるもので。  ライスシャワーは、微笑みながら、涙を流した。  そして、「どこでも良いの?」と尋ねた。  彼は頷いた。  お兄さまの家に行きたいと、言った。  彼は少し目を丸くしてから、それでも穏やかに頷いた。    だから、ライスシャワーは今、トレーナーの家にいる。 (お兄さまのおうち、初めて来た)  マンションの一室である。  広くも狭くもない。そこまで散らかっている訳ではないが、隅々まで綺麗に片付いている訳でもない。そんな部屋だ。 (桐生院さんをおうちに呼ぶときは、もっと頑張って片付けるのかな)  そんな考えが過る。  心の揺らぎを、溜息と共に吐き出す。    今更、こんなことで傷ついても仕方がない。 (もう、ライスは負けたんだから)  それなのに、想い人の部屋に来たのは、決着をつけるためだ。  この自分の中にある、不毛で不純な恋心に、止めを刺すためだ。  ライスシャワーは今日、トレーナーに告白するつもりでいた。  まるで、しばらく前に見た悪夢をなぞるように。  もっとも、今回は拒絶されることが目的なのだが。 (お兄さまに気持ちを伝えて、振ってもらおう。そうすれば、気持ちに区切りを付けれる。元のライスに……お兄さまと二人三脚で、皆に幸せを届けるライスに戻れる)  自分に、言い聞かせた。  気を抜くと、苦いものがこみ上げてくる。泣きそうになる。その程度には、まだ、辛い。  でも、仕方ないのだ。  仕方ない。  ライスは汚くて、お兄さまは清いから。 「ライス? どうした、ぼーっとして」 「え? あ……ごめんなさい」  いつの間にか、視線が虚空を彷徨っていたらしい。  まるで、傷つき腫れあがった心が、身体からはみ出してしまったようだ。 「いや、良いんだ。ただ……やっぱり、疲れてるのかなって」  トレーナーの瞳に、不安が滲む。きっと、彼の脳裏には昨日のライスシャワーが浮かんでいるのだろう。  突然嘔吐し、過呼吸を起こし、憔悴しきったちっぽけなウマ娘。  だから、ライスシャワーは微笑んだ。精一杯。 「ううん。大丈夫だよ。心配かけてごめんなさい、お兄さま」 「本当か? 無理、してないか?」 「してないよ。だから……うん。いつも通り、接してほしいな」  分かっている。  ライスシャワーは理解している。  こんな風にお願いすれば、トレーナーは断れない。  何か違和感を抱いたとしても、ひとまず飲み込んで、言うことを聞いてくれる。 「……分かった」  案の定、トレーナーは頷いた。  それから、彼は「あ、そうだ」と呟いた。 「今日、ライスが家に来るって言ってたからさ。人参ゼリー、買ってたんだ。食べるか?」  彼が優しく言う。  人参ゼリー。甘い、人参ゼリー。  それを、彼は買ってきたという。  甘いものを食べれば、気持ちも安らぐと思ったのだろう。  まるで子供扱いだ。  仕方ない。  そういう三年間だったのだろう。  そういう絆だったのだろう。  桐生院にはなれなかった。 「……うん」 「了解」  トレーナーが立ち上がり、キッチンに向かう。  彼のアパートは、部屋とキッチンとが扉で隔たれていた。  自然、ライスシャワーだけになった。  改めて、部屋を見回す。  本棚。机。テレビ。様々な家具。それぞれから、彼の匂いがする。  特に、ベッドは濃厚だ。  トレーナーの体臭が、奥の方までしみ込んでいるようだった。  ぐつり。  ぐつり。  腹の底が、甘く煮える。 「……」  少し躊躇い、しかし、結局は立ち上がっていた。  ゆっくりと、ベッドに近づく。  匂いが近づいてくる。  とさっと、座る。  ライスシャワーの尻に圧され、トレーナーの香りが、シーツからふわりと湧いた。  男の芳香が、鼻腔を撫でる。  ぐつぐつと、下腹部が茹る。  右の掌で、シーツを撫でた。  まだ、暖かいような気がする。 「……これぐらいなら、大丈夫だよね」  自分に言い聞かせるように呟いて、ベッドをまさぐる。  掌とシーツの温度が均一になり、溶け合ってしまったと思えるようになるまで、撫でる。  そっと、離す。  撫でた掌を、嗅ぐ。  ねっとりと、トレーナーの匂いがする。  欲望が、鎌首をもたげる。   「……大丈夫、大丈夫。お兄さまを汚すことにはならない」  言い聞かせるように、呟いて。  撫でた掌を、べろりと舐める。  ほんのりと、汗の味がするようだ。  トレーナーの味。 「……大丈夫。大丈夫。……ん。じゅる。ちゅぷ」  自分の指を、舐める。  舌を這わせる。  しゃぶる。  その度に、ベッドから掠め取った彼の体温が、口の中に溶けるような気がする。 「大丈夫。大丈夫。大丈る。大ひょう夫。んじゅ。じゅぶ。じゅぷぷ。じゅるっ」  美味しい。  甘くも辛くも苦くもしょっぱくもない。  なのに、確かに味蕾が喜んでいる。  心臓が、ドキドキする。  血がどんどん、身体を巡る。  その癖、頭がトロンとしてくる。  ぐちゅり。  びくんと、身体が跳ねた。  理性が体の中に戻ってくる。  左の指先が、濡れていた。  唾液ではない。舐めているのは、右の手だ。  左の指先が、何かに触れていた。  ライスシャワーは、自分の指先がどこに触れているか、見た。    絶望した。 (ライス、何しようとしてたの?)  想い人のベッドの上で。  汚してはならない聖域の上で。  彼女の白い指は、濁った粘液でぬるぬるとしていた。  涙がこぼれる。  本当に、終わっている。  トレーナーは良い人で、善い人で、清くて、聖い。  そんな彼の寝床を、自分は汚そうとしたのだ。 「う……うぅぅぅ……!」  ライスシャワーはベッドに突っ伏した。  芋虫のように身をよじる。涙と鼻水でシーツを汚さないよう、自分の腕に顔を擦りつけるようにして。  そのうち、何かにぶつかった。  ぼんやりと、顔を上げて、そちらを見る。  壁だった。  トレーナーのベッドの側面と接している壁だ。  何をするでもなく、呆けたように、見つめる。  ふと、気付いた。  ベッドと壁の隙間に、闇がある。  闇に、何かある。 「……」  手を伸ばしていた。  指先に、触れる。  厚みがある。  引っ張って、取り出す。  ライスシャワーは、目を見開いた。  それは、雑誌だ。  ただの雑誌ではない。    いやらしい、雑誌だった。 (お兄さまが、こんな……エッチな本を)  どっ。どっ。  心臓が脈打つ。  首筋の血管が怒張するようだ。  耳鳴りがする。  体が熱い。腰が疼く。  ライスシャワーは、昂っていた。  いやらしい本に対して、ではない。  トレーナーが、いやらしい本を持っていたことに対してだ。 (ライスが来るから、隠したのかな。……あれ?)  すんすんと、嗅ぐ。   (この、匂いって)  鼻を押し付けて、一気に吸い込む。 「……んふーっ。……んふーっ」  間違いない。  彼はこの雑誌を『使っている』。 (お兄さまの匂いだ)  脳髄が果汁のように電流を分泌した。  記憶が引きずり出される。    一週間に、一回か二回。彼からほんのわずかに、漂ってくる臭い。  青い精臭。  ライスシャワーは、トレーナーが自慰をする事実は知っていた。  だけど、それはどこかリアルでなかった。  残り香しか、嗅いだことがなかったからだろう。  現物を、あるいは現場を見たことがなかった。  だから、彼からうっすらと漂う生臭さを、汗とも尿とも違う香りを、『そういうもの』かもしれないと、判別していたに過ぎなかった。  何より。  その匂いからは、彼が精を放ったという事実しか分からない。  何に欲情し、何に精を放ったか。  そこまでは、分からない。  だからこそ、ライスシャワーの中で、彼は清らかだった。  でも、これは。 「ふぅーっ! ふぅーっ!」  興奮に震える指先で、ページをめくる。  いやらしい画が、次々と目に飛び込んでくる。  女と男が、いやらしいことをしている画。  いやらしい台詞を吐き、いやらしい恰好をして、いやらしい行為をしている画。  鼻をひくつかせながら、のめり込む。  臭う。  臭う。  彼のいやらしい臭いがする。  ふと、手が留まる。  視線が、釘付けになる。  鼻をひくつかせる。  一枚のページに、意識が奪われる。  いやらしい女がいた。  黒髪の女。耳を出している、短いポニーテールの女。    本人ではない。  しかし、似ている。  桐生院に似た女が、いやらしく乱れている絵。  彼が自分以外の女を想って、自慰をした事実は忌々しかった。  だけど、それ以上に。 (そっか。お兄さまも、ライスと一緒なんだ)  ひどく、嬉しくて。  その喜びが、次の瞬間、吹き飛んだ。  見つけたのだ。  そのページの端。    染みがあった。  端の部分がごわごわしていた。  どくんと、心臓が跳ねる。  口の中が涎でいっぱいになる。  その染みが何なのか、一瞬で分かった。  とても、いやらしい臭いがしたから。 「んふーっ! んふーっ! すぅうっ! すぅううううううううううううううううっ!!」  本能のまま、犬のように鼻を擦りつけて嗅ぐ。  より濃い精臭が、一気に肺に流れ込んだ。  理性が明滅する。トプトプと、獣欲が滲んでくるのが分かる。   「ふぅーっ!! ふぅーっ!! んっ……れぇ」  くちゅりと、ライスシャワーの口が音を立てた。  唇が開き、ぬるぬるとテカった舌が、伸びる。  そのピンク色の先端が、ゆっくりと、ごわごわした部分に近づいていく。 「はっ!! はっ!! はっ!! はっ!!」  浅く湿った呼吸を繰り返す。  透明な粘液を滴らせながら、舌先がいやらしい本に近づいていく。いやらしい本に付着した、いやらしい染みに近づいていく。  あと、三センチ。  二センチ。  一センチ。  ガチャリと、ドアノブの回る音が聞こえた。   「っ!」  咄嗟に、雑誌を隙間に落す。ベッドからも降りようとするが、それよりも早くトレーナーが入ってきてしまった。  ライスシャワーは、顔を伏せた。 「ごめん、スプーン探すのに手間取ってた。……あれ? どうした、ライス? 眠くなったか?」  ベッドの上にいるライスシャワーに、彼は目をパチクリさせながら尋ねてきた。それから、手に持った二人分のゼリーを、ベッドの下にある机に置いた。 「大丈夫か? 食べれるか? ゼリー」  心配そうに眉をひそめながら、穏やかな声で言う。  笑顔はなくとも、節々から善性が滲んでいる、いつもの彼だ。  でも。  この雄は、あんないやらしい本を持っている。 「お兄さま」  ライスシャワーは、口を開いた。  トレーナーを見ることなく、彼女は言った。 「コチョコチョ、したい」 「え?」  彼の表情に、若干の緊張が走った。先日のことを忘れてないのだろう。ライスシャワーに失禁寸前までくすぐられたことを。  そんなトレーナーに、ようやく彼女は顔を上げた。  泣きはらした顔だった。  さっき、彼のベッドを汚しかけた時に、こしらえたものだ。清らかなものを、自分で汚しかけた罪悪感で、流した涙。    清らかなものを。  清らかだと、思っていたものを。 「駄目? ライスに、コチョコチョ、されたくない? お兄さま」  今にも泣きそうな目で、縋るように言う。  トレーナーは、言葉に詰まったように呻き、首を横に振った。 「い、いや。そう言う訳じゃない。ただ、びっくりしただけだ」 「本当? じゃあ、させてくれる?」 「い、良いよ」  ライスシャワーはにっこりと笑った。  その涙に濡れた瞳は、少しも揺れることなく、トレーナーを見つめていた。 「ありがとう、お兄さま。じゃあ、ベッドに寝てくれる?」 「え? わ、分かった」  彼は少し怪訝な顔をしつつも、ライスシャワーの言葉に従い、ベッドに横たわった。  その胴を挟むようにして、彼女が膝立ちになる。  マウントポジション。  ライスシャワーは、微笑みながら、トレーナーと視線を交えた。  とろりと、粘着質な眼光が溢れる。  「そ、それにしても突然だな。こ、今回も俺のリラックスのためか?」  トレーナーが明るい声で言った。  ライスシャワーは理解した。  お兄さまは今、少し、怖がっている。  ライスの眼に、怪しげなものを感じ取ったのだろう。  それでも、彼はライスのことを信じている。  だからこそ、自分で自分を安心させるために、意識的に、朗らかな声を出している。  かわいい。  かわいいトレーナーを、安堵させるために、彼女は頷く。 「うん、そうだよ。お兄さま、ライスのこと心配してくれてるでしょ? でも、そのせいでちょっと緊張しちゃってる。そうだよね?」  ライスシャワーはこれ見よがしに、すんすん、と彼を嗅いだ。  ストレスの匂いがバレてると、示す。  全部全部、バレてる。  バレてるよ、お兄さま。  彼は気まずそうな顔をして、頷いた。 「す、すまん。気を遣わせてしまって」 「大丈夫だよ。お兄さまがライスを心配してくれてるのは、嬉しいから。……でも、緊張しっぱなしじゃ、疲れちゃうよ? だから、ライスが……ね?」  邪気が混ざらないよう、精一杯愛嬌のある笑みを浮かべる。  ライスはお兄さまを傷付けるつもりはないよ?  だから安心して、身を委ねてね?    無言で伝える。  言葉にすれば、勘繰られてしまうから。  そっと、指を彼の頬に添えた。  つうっと、撫で下ろす。  首元に、触れる。  そこで少し、くすぐった。 「くっ……ふ……」  トレーナーの口角が、わずかに上がる。  体が強張り、首で指を挟んで、動きを止めようとしてくる。 「駄目だよ、お兄さま。リラックス、だよ」  ライスシャワーは微笑みながら、言い聞かせるように呟く。 「ご、ごめん」  トレーナーがくぐもった声を出して、そっと、顎を上げる。  首に浮いた頸動脈が、無防備だ。  舌を這わせたくなる衝動を抑え、ライスシャワーはその付近を優しくくすぐる。  ぴくん、ぴくんと、指先に彼の震えが走る。  指遣いを変えてみる。  彼の身体が、もっと、強く震える。  ライスシャワーはにっこりと笑う。 「これがくすぐったいんだね、お兄さま」  そして、指を蠢かせたまま、ゆっくりと移動させていく。  鎖骨。  胸。  そして。 「ライス、知ってるよ」    脇腹を、五指で嫐る。 「お兄さまは、ここが弱いんだよね」  彼の身体が、一際大きく跳ねた。 「くっ! ぐふっ! はっ……がはっ!」  トレーナーの唇から、笑い声が漏れ始める。  余程、くすぐったいのだろう。びっくん、びっくんと、波立つように体が揺れる。  その様をライスは見つめる。  紫色の瞳が、彼の身体を閉じ込めている。  口元だけが、笑っている。 「耐えちゃ駄目だよ、お兄さま。もっと本気で笑って」  こちょこちょとくすぐる。  指先に彼の痙攣が染み込む。  しかし、まだ甘い。体に強張りが見える。  無意識のうちに、抵抗しているのだろう。  ライスはゆっくりと、トレーナーの腹に尻を落とした。  押し付ける。  ベッドに釘付けにする。  彼の反応が、尻から腹に上ってくる。  下腹部に染み込む。  ぐつり。  ぐつり。   「まだ笑えるよ、お兄さま。まだまだ、気持ちよく笑えるはずだよ。ほら。頑張れー」  こちょこちょ、こちょこちょ。  びくん、びくん。  ぐつぐつ、ぐつぐつ。   「ぷはっ! がひゃひゃはっ! ごほっ! ら、ライス! やめ、やめて!」  トレーナーが顔を真っ赤にしながら呻く。  笑いすぎて、その目には涙が浮いている。  泣いている。  想い人が、自分の下で泣いている。  泣かせてやった。  ライスが、泣かせてやった。    ふっと、彼の涙が記憶を呼び起こす。  今までの、あらゆるレース。  天皇賞も、宝塚記念も。    お兄さまは、ライスを想って、泣いてくれたな。  だから、彼の涙には自分たちの尊い絆が詰まっている。  清らかなお兄さまの善性が、ライスの心を温めてくれた記憶が、詰まっている。    その涙が、ベッドの上の染みに転がった。  新しい染みだ。  何の染みだろう。  ああ、ライスの唾液だ。    ガビガビになったエッチな本を、舐めようとして溢した、ライスの汚い唾。  汚い唾に、清い涙が染み込んでいく。  ライスとお兄さまが、ベッドの上で溶け合っていく。  ライスシャワーの指の動きが、更に艶めかしく、ねちっこいものに変わった。  責め苦が激しくなる。  トレーナーが更に狂おしく身を捩る。 「ライスっ! らいす! やめっ、ひぃっ、やめて! ゆるひて! やばい、やばいやばいやばい!」 「やばい? 何がやばいの? ライス、駄目な子だから言ってくれなきゃ分からないよ?」  ライスシャワーは自分の下でもがくトレーナーに、じっとりとした視線を垂らした。  その口元には粘い笑みが浮く。  幼児が虫の手足を戯れでもぐ時の、残酷な笑み。 「だ、だから! も、漏れっ!!」 「漏れる? 何が? 言って? お兄さま、何が漏れるの?」  じっとりと、聞く。  手は休めない。  脇腹を苛んでやる。  くすぐったさを注ぎ込む。  ぎゅーっと、トレーナーの腹を尻で押しながら。  彼の反応が面白い。  お腹の奥の方で、何かがびくんびくんと跳ねているのが分かる。  そこで作っているものが、出そうになっている。 「だからっ! そ、そのっ! お、おしっ……こがっ!」 「おしっこ? お兄さま、おしっこ漏らしちゃいそうなの?」  尋ねる。  唾液まみれの言葉で、彼の鼓膜をぐちょぐちょに汚すように。  そんな彼女に縋るように、トレーナーは激しくうなずきながら、言った。 「そ、そうだよ! ふぐっ! だ、だから! ひゅぅっ! ど、どいてくれ! らいっ……すぅ!」  ライスシャワーは。 「お兄さま」  あどけない少女の顔で、優しく微笑んで。 「漏らしちゃえ」  くすぐりを、苛烈にした。 「なっ、なっ、なんっ……で」  トレーナーは顔を真っ赤にしながら、目を真っ赤に充血させながら、身体を痙攣させながら、間抜けな声を漏らした。  目からとろとろと涙が零れている。  ライスシャワーは、花のような笑みを浮かべて、その様子を見下ろしていた。  熱く湿った呼気と共に、彼女は呟いた。 「ごめんね、お兄さま。でも、ライスね。お兄さまに、嘘ついてほしくないの。だから、漏らそ? 汚れちゃお? ライスと同じくらいに」 「なっ。ぁ。な、なに……いって」  荒い息の狭間に、トレーナーが不明瞭な声を混ぜる。その涙に溺れた瞳が、ライスシャワーをじっと見つめてくる。  とても、いやらしい。 「だって、それがお兄さまの本性だもん。おしっこ漏らしても、気にならないぐらい汚れてる。ライスとお揃い」  ライスシャワーは、嬉しそうに言った。  その表情のまま、彼女はトレーナーに顔を近づけた。  吐息が彼の肌を湿らせるぐらい、一瞬で喉笛に齧りつけるぐらい近付いて、囁く。 「ライス、見たよ。お兄さまがベッドの隙間に隠してる本」 「っ」  びっくん! 今までで一番大きく、彼の身体が跳ねる。  否、跳ねようとする。  全部、封じてやった。  ライスシャワーの尻が押し付けられているせいで、彼はベッドから動けなかった。  逃がさない。  彼女は満面の笑みで、トレーナーに語り掛ける。 「本に出てくる人、桐生院さんに似てたね」  桐生院葵。  厭な女だ。  卑しい女だ。  そのくせ、善人。  清らかな女。  清らかなお兄さまに、ふさわしいと思っていた。  でも、清らかなお兄さまなんていなかった。  お兄さまは、優しくて、尊くて、ライスを支えてくれて、信じてくれて。  だけど、清らかなんかじゃない。  だったら、ライスが汚してもいい。  負い目を感じる必要もない。  だから、あの女には渡さない。  ライスシャワーは、嗤った。 「めっ、だよ? 桐生院さんみたいに良い人を、エッチな目で見ちゃ」  トレーナーは自分の両腕で、顔を覆おうとした。  でも、その前にライスシャワーは脇腹を更に責めた。  彼の身体は強張り、両腕で脇腹を守ろうとした。ライスシャワーの両手を、挟んで、止めようとした。  もちろん、止められない。  彼の脇腹は、ライスシャワーの五指が依然として凌辱している。  それでも、ほとんど反射的に、両腕が追いすがってくる。  やめて、やめて。  虐めないで、虐めないで。  ライスシャワーの小さな掌に懇願するように。  だから、顔は晒されたままだ。  罪悪感と羞恥で、くしゃくしゃに歪んだ彼の顔は、晒されたままだ。  あますことなく、正面からじっくり見つめる。  慈しむように、辱めるように、視線で犯す。 「ね? 恥ずかしいよね? お兄さまはとっても恥ずかしいことしてたんだよ? そんな人が、桐生院さんと釣り合う訳ないよね? ね?」  言葉で嫐る。  視線で嫐る。  五指で嫐る。   「しかも、そんなエッチな本を自分の愛バに見られちゃったんだよ? 今まで二人三脚で頑張ってきたライスに、ガビガビになったエッチな本見られちゃったんだよ? いっぱい、いーっぱい、恥ずかしいよね?」  とても楽しそうに、彼の罪をほじくり返す。  彼が三年間、誠実に誠実に作り上げてきた絆を、彼の目の前でボロボロにしてやる。  トレーナーの呼吸が、更に乱れてくる。    そして。 「ぐすっ」    ついに、トレーナーがしゃくり上げた。   「ひぐっ! う、うぅう! うぅうううう!」  泣いた。  コチョコチョによる強制的な涙ではない。  彼の自尊心だとか、そういう大切なものがズタズタになって、ようやく流れ出す透明な血液のような涙。  勝利の美酒を視線で嘗めながら、ライスシャワーは愉快そうに言った。   「あーあ、泣いちゃった。ライスに本当のこと言われて泣いちゃった。でもだーめ。そこで泣いても駄目だよ」  そうして、ライスシャワーは顔をゆっくり離し、上体を起こした。  そして、尻を動かす。  後ろへ。  後ろへ。  ゆっくりと、下腹部を通り過ぎて。 「ここで泣いて」  股間に、ぐぐぐっと、押し付けた。    トレーナーの呻きが、大きくなる。  ライスシャワーはチロリと、自身の唇を舐めた。  濡れた言葉を、垂らす。 「ほら、早く楽になろう? 頑張って我慢しても、苦しいだけだよ? おしっこ我慢しすぎると、おなかさん痛くなっちゃうよ? ね? ね?」  尻をゆっくりと、前に戻す。  下腹部に。  膀胱の辺りに、すりすりと擦りつける。 「漏らしちゃおう? 汚れちゃおう? 大丈夫。ライスは汚れちゃったお兄さまも好きだよ。だから、ほら。諦めて、じょろろってしちゃえ」  また、顔を近づける。脇腹をなぶりながら、尻で押さえつけながら、彼の視界を自分の顔で埋めてやる。 「おしっこさん、頑張れー。頑張れー。お兄さま、恥ずかしがって我慢しちゃダメ。今更いやいやしても無駄だよ?」  トレーナーの呻きが大きくなる。  びくびくと、尻に彼の痙攣が伝わる。    もう長くない。  ライスシャワーはにんまりと笑う。 「お兄さま、分かってる? バレてるよ? もう、おしっこ、そこまで来てるでしょ? アンモニア臭、隠せてないよ? 我慢は体に毒だし、楽になっちゃおうね。ほら、もーらーせ。もーらーせ」    それでも、彼は耐え続けた。  きっと、それが最後のプライドなのだろう。  今まで一緒に頑張ってきたウマ娘の前で漏らしたら、大切な何かが崩れてしまうのだろう。  ライスシャワーには、そんなトレーナーの心が、分かっていた。 「……もう、強情さんだね。お兄さま。……分かったよ」  だから、彼女は浅く、腰を上げた。  尻が、離れる。  それだけでなく、手も脇腹から離した。  くすぐりが、終わる。  トレーナーと、視線が合う。  彼の眼が語り掛ける。  許してくれるのか。  ライスシャワーは、にっこり笑って。 「……ずどんっ!!」  勢いよく、彼の腹に尻を叩きつけた。 「ぎゅぅううううううううううう!!」      全体重をかけ、腰を捻るようにして、ぐりぐりと尻で膀胱を磨り潰す。  トレーナーは最後に、ヒキガエルのような声を上げた。  ちょろ。  どくっ。  どくどくどくっ。  じわっ。  じわわわっ。  熱い。  尻が熱い。  パンツに熱い液体が染み込んでくる。  臭う。  むわっと、恥ずかしい音と共に、恥ずかしい臭いが湧き上がる。 「ふふ。ふふふ。……すうぅううううううううう! っ……っ………はぁああああああああああああああ!」  これ見よがしに、深呼吸してやった。  アンモニア臭と征服感が、うっとりと、肺を満たしていった。  全てが終わってから、ライスシャワーはゆっくりと腰を浮かして、スマートフォンを取り出すと、無言でシャッター音を立てた。    それから、何食わぬ顔で添い寝をするように、ベッドに横たわった。 「あーあ。ライスも濡れちゃった。二人でお漏らししたみたいになっちゃったね」  耳元で囁く。  今撮った写真については、何も言わない。  言葉にしないほうが、きっと、トレーナーの中に強くこびり付く。  握られた弱みが、どこまで恐ろしい事態を引き起こすのか。  その不安は、彼が勝手に育ててくれるだろう。 「……」  トレーナーは何も言わない。  その目は虚だ。  涙の跡が、まだ新しい。 「ごめんね、お兄さま。ライス、意地悪しちゃったね。でも、お兄さまも悪いんだよ。お兄さまが桐生院さんと同じぐらい清らかだったら」  そこで言葉を切り、彼女は少しだけ、寂しげな顔をした。 「……ライス、ちゃんと諦めてたのに」  スリ、とトレーナーの体に、額を擦り付ける。  目を閉じる。  許しを乞うように。  しかし、それは一瞬だった。 「でも……お兄さまは、エッチな人だもんね。桐生院さんを想ってしちゃう、いやらしい人だもんね。だから、ね?」  どろり、と暗いものが胸に凝る。  これから、どうなってしまうだろう。  拒絶されるだろうか。  恐怖されるだろうか。    そんな彼を、組み敷いて抱き潰せば、さぞ気持ちいいだろう。 「ライス、お兄さまとしたいこと沢山あるんだ」  汚してやる。 「良いよね? お兄さまはいやらしいんだから、どれだけ滅茶苦茶にしても」  汚してやる。  汚してやる。  初めから汚れてるなら、どれだけ汚したって構わないはずだ。  清らかなふりしやがって。  報いを受けろ。  ライスを騙してた報いを受けろ。  夢の再現をしてやる。  妄想の再現をしてやる。  お兄さまにはライスがお似合いなんだ。 「ねえ、お兄さま」  ライスを見ろ。 「好きだよ」  ライスと番え。  ぽふりと、頭を温かいものが撫でた。 「え」  ライスシャワーは目を見開いた。  トレーナーが、彼女を撫でていた。  その目は、悲しげで、しかし、優しい。  拒絶も、恐怖もない。 「ごめんな、ライス」  ゆっくりと、彼が言う。 「お前のこと、助けられなかったんだな。俺は」  口元に、あるかないかの微笑があった。  トレーナーの顔に滲む、自発的な笑み。  優しげな、自嘲。  ライスシャワーは何も言えなかった。  ただ、自分が取り返しのつかないことをしたのだと、その笑みを見て思った。  机の上の二人分のゼリーが、綺麗な汗をかいて、隣り合っている。 (もっとちゃんと、笑ってほしかったな)  頬に、一滴の涙が垂れた。  それをドロドロの舌で掬い取り、そのまま、彼の唇にねじ込んだ。


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